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国連・子どもの権利委員会、中国への子どもの送還は条約違反にあたるとしてデンマークに中止を勧告

 国連・子どもの権利委員会(第85会期:9月14日~10月1日)が個人通報制度に基づいて条約違反を認定した6件の決定のうち、スイスを対象とする決定の概要を先日の投稿で紹介しました。

 今回は W.M.C. v Denmark 事件決定(CRC/C/85/D/31/2017)の概要を紹介します。デンマークで生まれた子どもを中国に送還することが条約違反と認定された事案です。

 申立人(W.M.C)は福建省福州市(中華人民共和国)出身で、当局から人工妊娠中絶を強要された後に出国し、2012年3月に偽装パスポートを用いてデンマークに入国しました。同年7月にデンマークで庇護申請を行ない、その後、非婚のまま X.C.(2014年3月7日生)、L.G.(2015年9月7日生)、W.G.(2018年6月19日生)を出産しています。

 申立人は、当初は中国に送還されてふたたび妊娠したら中絶を強要されるという理由で庇護を求めていましたが、上の2人の子どもが生まれて以降は、▼非婚のまま2人の子どもを産んだことで中国当局から訴追されるおそれがあること、▼子どもが自分(母親)から引き離される可能性、または子どもが中国の戸籍(戸口)に登録されず保健・教育等の基礎サービスにアクセスできなくなる可能性があることなどを挙げて、引き続き庇護を求めました。

 庇護に関する問題について最終的決定を行なうデンマーク難民異議申立て審議会(Danish Refugee Appeals Board)は、申立人が有する恐怖には理由があることを大筋で認めたものの、デンマーク外国人法にいう「迫害」等には当たらないとして、申立人とその子どもたちの庇護を認めない決定を言い渡しました(2017年3月17日)。

 そこで申立人は、2017年8月8日、デンマーク当局の対応は子どもの権利条約違反であるとして国連・子どもの権利委員会に通報を行なったものです。委員会は母子の送還を一時停止する暫定措置をデンマークに対して要請し、デンマークもこれを受け入れて、審査が進められました。

 申立人である母親が援用した条約の条文は、第2条(差別の禁止)、第3条(子どもの最善の利益)、第6条(生命・生存・発達に対する権利)、第7条(出生登録等に対する権利)および第8条(身元関連事項・アイデンティティの保全に対する権利)です。

 委員会は、第2条と第7条に基づく主張については明らかに根拠がないまたは十分に立証されていないとして退けましたが、その他の条項に基づく主張については本案審査を行なったうえで、
「締約国は、中国に送還されれば申立人の子どもたちが戸籍に登録されないおそれがあるという主張を評価する際に子どもの最善の利益を正当に考慮せず、かつ送還時の子どものウェルビーイングを確保するための適正な保障措置をとらなかったのであって、これは条約第3条に違反する」
 と認定しました(パラ8.8)。

 さらに、戸籍に登録されないことから生ずる可能性があるさまざまな問題に言及して、子どもの送還は条約第6条・第8条違反に相当すると認定しています(パラ8.9)。このような判断に至る過程では、米国・国務省、英国・内務省、カナダ移民難民委員会の報告も参照されています。

 そのうえで委員会は、デンマークに対し、申立人とその子どもたちを中国に送還しないこと、今後同様の事案が生じないようにするためにあらゆる必要な措置をとることを求めました。

 デンマークは以前、ソマリア(ブントランド)に対する女児の送還についてやはり条約違反を認定されたことがありますが(決定の日本語訳参照)*、ふたたび条約に基づいて送還中止を勧告されたことになります。子どもの最善の利益を判断する際の指針も示している興味深い決定内容なので、なるべく早く日本語訳して公開したいと思います(サポートなどいただけると公開時期が早まる可能性があります)。

* この事案については、申立人の親子が出国して所在不明になっているため審理のやり直し等の措置はとられていませんが、委員会から一般的再発防止策をあらためて求められています(Facebookの投稿参照)。

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平野裕二
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