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子どもと若者のメンタルヘルス――チャイルドヘルプラインとWHOの報告・提言

 チャイルドラインなど子どもを対象とする電話相談サービスの国際組織、チャイルドヘルプライン・インターナショナルが、10月29日、『ヨーロッパの子ども・若者のメンタルヘルスを支える:チャイルドヘルプラインの効果と役割』Supporting Children & Young People's Mental Health in Europe: The Impact and Role of Child Helplines)と題する報告書を発表しました。

★ Child Helpline International: The Role of Child Helplines in Promoting Children & Young People's Mental Health Across Europe
https://childhelplineinternational.org/child-helplines-mental-health-europe/

 この報告書が発表された10月29日は、EU(欧州連合)諸国全体で用いられているチャイルドヘルプラインの共通番号(116 111)が導入されて17年目の記念日です。欧州全域で活動する30のヘルプラインに2019年から2022年にかけて寄せられたメンタルヘルス関連の相談を分析して、相談の傾向やヘルプラインが果たした役割を紹介しています。

 相談の傾向としては次のものが挙げられています(p.3;太字は平野による)。

  • 抑うつ、孤独感、悲嘆のような気分障害がもっとも一般的な問題で、3年間に20万回近くの相談セッションが行なわれた。

  • 不安や恐れに関連する問題も広がっており、メンタルヘルス関連の相談の5分の1近くを占めた。

  • 希死念慮および自殺未遂は3番目に一般的な問題であり、全相談件数の16.7%(2020年)から18.5%(2022年)へと増加している。

  • 自傷行為およびアイデンティティ摂食障害についての悩みが相当に増加した。

  • チャイルドヘルプラインに連絡してきたノンバイナリーの子ども・若者にとっては、希死念慮および自殺未遂がもっとも多いメンタルヘルス関連の悩みであり、相談件数の4分の1を占めている。

  • 依存症は男子の間ではるかに広がっている。

  • メンタルヘルス関連の問題でチャイルドヘルプラインに相談してくるのは女子が男子の3倍にのぼる。

 そのうえで報告書が行なっている提言は、次の6項目です。

1.資金とリソースを増やす:財政的支援を増進させることは、とりわけサービスが行き届いていない地域でのアウトリーチを支えることを目的として、チャイルドヘルプラインが24時間・年中無休の活動を維持できるよう援助するうえで、きわめて重要である。
2.順番待ちの期間を短縮し、アクセスを向上させる:メンタルヘルスサービスを受けるための順番待ち期間の長期化は、子どもの問題を悪化させ、希死念慮や重度の不安といった深刻な状況を併発させることにつながり得る。チャイルドヘルプラインは即時的支援を提供することによってこの間隙を埋める重要な役割を果たしているものの、順番待ちの期間を短縮し、メンタルヘルスサービスへのアクセス全般、そして長期的支援を必要とする人々にとってのアクセスを拡大するためには、制度的改革が必要である。
3.メンタルヘルス教育を拡大する:社会全体の教育キャンペーンは、子どもたち、家族および教育者に対してメンタルヘルスについての教育を提供することにより、スティグマの低減および早期介入の奨励に役立ち得る。ただし、精神的ウェルビーイングをめぐるオープンさと理解の文化をつくり出すためには、このような努力をいっそう広範なものとし、よりよい形で支えていくことが必要である。
4.国家的なメンタルヘルス行動計画を強化する:国家的枠組みのなかでチャイルドヘルプラインを必須サービスとして認識することにより、これらのヘルプラインが、持続的に活動するために必要な支援を得られるようになるだろう。
5.脆弱な状況に置かれている集団を支援する:難民、LGBTQ+の若者、村落部またはサービスの行き届いていない地域の子どもを含む、脆弱な状況に置かれている集団の特有のニーズに対処するためには、焦点化された資源が必要である。
6.連携を強化する:チャイルドヘルプライン、学校、政府機関その他の関係者間の調整を向上させることは、ヨーロッパの若者にメンタルヘルスに関する包括的な支援およびアドボカシーを提供するうえで不可欠である。

 チャイルドヘルプライン・インターナショナルの報告書と同じ10月29日に閣議決定された政府の2024年版『自作対策白書にも、認定NPO法人 チャイルドライン支援センターの向井晶子・事務局長による論考「チャイルドラインに寄せられるこどもの声からの希死念慮についての考察」が掲載されていますが(第2章〔PDF〕、pp.57-59)、上記の提言は、日本でのさらなる取り組みを考えていくうえでも参考になりそうです。

WHO・メンタルヘルスに関する若者向けオンラインコンテンツに関する「指導原則」

 この機会に、折を見て紹介しようと思っていたもうひとつの資料を紹介しておきます。WHO(世界保健機関)が2023年10月に開催した「メンタルヘルスに関する若者向けオンラインコンテンツおよび広報ガイダンスに関するバーチャル円卓会議」で暫定的にとりまとめられた、若者向けオンラインコンテンツに関する「指導原則」です。

★日本WHO協会:若者を支援するメンタルヘルスコンテンツに関するWHO会議報告書
https://japan-who.or.jp/news-report/2402-20/

WHOは、2023年10月4日に開催されたバーチャル円卓会議を受け、若者向けの発達に適したオンラインメンタルヘルスコンテンツの指導原則の検討に焦点を当てた報告書を発表しました。

会議では、WHOの正式なガイドラインや勧告は定められず、むしろ、若者の利益となり、この分野でのさらなる活動に役立つ、合意された行動可能なポイントが提案されました。

ラピッド ・ レビューから、発達段階に応じたオンライン ・ メンタルヘルス ・ コンテンツのための 10 の指導原則が特定されました。〔中略〕

これらは、事前調査で専門家によってランク付けされ、円卓会議では、指導原則を実施するための主な考慮事項が話し合われました。

 円卓会議の報告書(2024年2月6日発表)はこちらからダウンロードできます(英語)。

 10の指導原則の内容は次のとおりです(報告書p.9)。専門家を対象とする事前調査に基づき、重要度が高いと判断された順に並べてあります。

1.情緒的関連性(Emotional relevance):地域的状況への、また若者が直面している情緒的問題への対処における、若者の発達水準を考慮したうえでのコンテンツの配慮(sensitivity)および関連性。
2.実際的方略(Practical strategies):対象年齢層にふさわしい実際的助言および対処方略(coping strategies)を、コンテンツがいかに効果的に提供しているか。
3.認知的適合性(Cognitive fit):コンテンツが、対象年齢層の認知能力および発達段階にどの程度よくマッチしているか。
4.言葉遣い(Language):対象となる層にとってわかりやすく共感しやすい言葉のタイプ(たとえばスラングの使用、口汚い言葉遣いなど)。
5.包摂性と多様性(Inclusivity and diversity):コンテンツにおける、若者の発達的理解と共鳴する多様な経験および背景の表象。
6.生きられた経験(Lived experience):対象となる層が自らを同一化できる生きられた経験を有する人々の、コンテンツ開発への包摂。
7.視覚的エンゲージメント(Visual engagement):コンテンツがいかに対象年齢層に対して視覚的アピール力を持っているか。
8.エビデンスに基づく明快さ(Evidence-based clarity):対象年齢層に応じた、エビデンスに基づく情報の存在および明快さ。
9.アクセシビリティ(Accessibility):コンテンツが特定の集団(たとえば障害のある若者)にとってアクセシブルであること。
10.人権との整合性(Human rights alignment):コンテンツが国際人権条約および国内法・国内指針と整合していること。

 また、Child in the City のサイトに掲載された記事(Simon Weedy, New 'guiding principles' from WHO for online mental health content for young people)では、これらの指導原則の運用に関して円卓会議でどのような議論が行なわれたかについても要領よくまとめてありますので、そちらも紹介しておきます(太字は平野による)。

  • 多くのコンテンツ制作者やデジタルプラットフォームが同じようにアプローチしようとしているにもかかわらず、すべての子ども・青少年には異なる神経認知上・発達上の属性がある。

  • 全般的に、低年齢層や低所得環境についてはエビデンス(科学的知見)が整っておらず、発達段階ごとの情報も作成されていない。

  • 急速に変化しつつあるデジタルランドスケープおよび若者のニーズに対応できるようにするため、原則の定期的修正が図られるべきである。

  • デジタルプラットフォームは情報共有や意識啓発のための力強いツールになる可能性があるが、それが真に効果的なものとなるためには、より幅広い、統合された包括的メンタルヘルスシステムの一部とならなければならない。このことは、援助希求行動を奨励し、オンラインとオフラインの支援サービスを統合させたコンテンツによって、部分的に促進され得る。

  • コンテンツは、不注意に害を引き起こす可能性のある言説は避け、スティグマの低減に貢献するようなものであるべきである。

  • コンテンツはまた、多様な背景および経験を考慮し、人権条約に合致し、かつ科学的調査研究に根ざしたものであるべきである。

  • 若者がコンテンツクリエーションデザインの一部となるべきである。

 ここでは「統合された包括的メンタルヘルスシステム」にオンラインコンテンツを位置づける必要性が指摘されていますが、チャイルドヘルプライン・インターナショナルも「国家的なメンタルヘルス行動計画を強化する」ことを提言しており、このあたりが今後の取り組みの重要なポイントとなりそうです。

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平野裕二
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