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OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)、インターセックスである人々の人権に関するテクニカルノートを発表

 OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)は、11月3日、「インターセックスである人々の人権に関するOHCHRテクニカルノート:人権基準と望ましい実行」OHCHR Technical Note on the Human Rights of Intersex People: Human Rights Standards and Good Practices)を発表しました。

 インターセックスである人々について、テクニカルノートは次のように説明しています(p.1の脚注2;なお、最近はDSD=性分化疾患=という用語も広く用いられるようになっていますが、このテクニカルノートでは言及されていません)。

 インターセックスである人々は、男性または女性の身体の典型的定義(性器、生殖器官、ホルモンパターンおよび/または染色体パターンを含む)に当てはまらない性的特徴を持って生まれてきた人々である。インターセックスである人々の性的特徴の変異(variations)について本人またはその親が自覚する時期はさまざまであり、出生時、子ども時代または思春期の場合もあれば、大人になってからのこともある。インターセックスとは、性的特徴に関わるさまざまな生まれつきの身体的変異を記述するために用いられる総称である。

 これらの人々の人権を守るため、国際人権基準にのっとって各国がとるべき主要な措置としてテクニカルノートが挙げるのは、次の7つです。各項目について、国連・子どもの権利委員会を含む人権条約機関およびその他の国連人権専門家などの見解や、各国の望ましい実行(立法措置など)が引用されています(国連・子どもの権利委員会がある程度まとまった見解を示している勧告等も抜粋されているので、主要なものについて日本語訳も紹介しておきます)。


1.インターセックスの性的特徴に関連する、強制または強要による医療介入(十分な情報に基づく全面的かつ自由な同意を得ずに行なわれる緊急性のない医療介入など)を禁止する。

 これとの関連では、国連・子どもの権利委員会が英国に対して行なった勧告(2016年)が引用されていますので、紹介しておきます。「インターセックスの子どもに対し、十分な情報に基づく同意を与えられるようになる前に医学的に不必要な手術その他の治療(これは不可逆的な影響をともなうことが多く、かつ深刻な身体的および心理的苦痛を引き起こしうるものである)が行なわれる事案があり、かつ、このような事案において救済および補償が行なわれていないこと」への懸念(パラ46(b))を踏まえたものです。

47.有害慣行に関する一般的意見18号(2014年)を参照しながら、委員会は、締約国が以下の措置をとるよう勧告する。
(略)
(c)何人も乳児期または児童期に不必要な手術または治療の対象とされないことを確保し、当事者である子どもに身体的不可侵性、自律および自己決定を保障し、かつ、インターセックスの子どもがいる家族に対して十分なカウンセリングおよび支援を提供すること。
(d)そのような治療の被害者に対して救済措置を提供すること。
(e)さまざまな性的多様性ならびに関連の生物学的および身体的多様性について、またインターセックスの子どもに対する不必要な介入がもたらす影響について、医療専門家および心理専門家を教育すること。

2.インターセックスである子どもへの嬰児殺その他の形態の暴力と闘う。

3.保健ケアへの全面的かつ平等なアクセスを確保する。

4.インターセックスである人への差別を禁止し、かつこれと闘う。これには、教育、雇用、保健ケアの現場、レクリエーション活動、スポーツおよび文化的生活のあらゆる側面ならびにサービスへのアクセスにおける差別が含まれる。

5.司法および効果的救済へのアクセスを確保する。

6.自分自身の医療記録に全面的にアクセスできるようにする。

7.ジェンダーアイデンティティが法的に承認されることを確保する。

 この問題については国連・子どもの権利委員会がネパールに対して行なった勧告(2016年)がかなりまとまったもので、テクニカルノートでも抜粋されているので、該当箇所の日本語訳を掲載しておきます。

41.委員会は、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーおよびインターセックスの権利の承認に向けて締約国がとった前向きな措置を歓迎する。これには、新憲法の第18条(平等に対する権利)に基づく差別禁止事由に「ジェンダーおよびセクシュアルマイノリティ」が挙げられていること、ならびに、最近、身分証明書類に、「男」および「女」以外のジェンダーを承認する第3のジェンダー分類が追加されたことが含まれる。しかしながら委員会は、以下のことを依然として懸念するものである。
(a)ネパールにおいてインターセックスの子どもに関連する問題についての認識が欠けており、かつ、インターセックスの子どもが高い水準のスティグマおよび差別に直面していること。
(b)インターセックスの子どもが、自ら選択した性別/ジェンダーアイデンティティに応じた身分証明書類にアクセスするうえで課題に直面していること。
(c)インターセックスの子どもに対し、十分な情報に基づく同意を与えることができるようになる以前に、医学的に不必要な手術その他の処置(これにはしばしば不可逆的な結果がともない、かつ深刻な身体的および心理的苦痛が引き起こされる可能性もある)が行なわれる場合があり、かつ、このような事案において救済および賠償が行なわれていないこと。
42.委員会は、締約国が以下の措置をとるよう勧告する。
(a)インターセックスの子どもに対するスティグマおよび差別と闘うための意識啓発キャンペーンを実施すること。
(b)インターセックスの子どもが、自ら選択した性別/ジェンダーアイデンティティに応じた身分証明書類にアクセスできることを確保すること。
(c)いかなる子どもも不必要な医学的または外科的治療の対象とされないことを確保し、当事者である子どもに対して身体的不可侵性、自律権および自己決定権を保障し、かつ、インターセックスの子どもがいる家族に対して十分なカウンセリングおよび支援を提供すること。
(d)十分な情報に基づく同意を得ないままインターセックスの子どもに対して行なわれた手術その他の医学的治療の事案を調査するとともに、そのような治療の被害者に対して救済(被害賠償および(または)十分な補償を含む)を提供するための法的規定を採択すること。
(e)さまざまな性的多様性ならびに関連する生物学的および身体的多様性について、また不必要な手術その他の医学的介入がインターセックスの子どもに及ぼす影響について、医療専門家および心理専門家の教育および研修を行なうこと。

 委員会は、同じ年(2016年)に採択した一般的意見20号(思春期における子どもの権利の実施)でも、インターセックスである子ども等の権利について次のように述べています(テクニカルノートではパラ34の冒頭の1文=太字で示した箇所=を紹介し、脚注で出典を「パラ20」としていますが、間違いです)。

レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーおよびインターセックスである思春期の子ども
33.レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーおよびインターセックスである思春期の子どもは、虐待および暴力を含む迫害、スティグマの付与、差別、いじめ、教育および訓練からの排除に直面し、かつ、家族および社会による支援を受けられず、またはセクシュアル/リプロダクティブヘルスに関わるサービスおよび情報にアクセスできないのが通例である。極端な場合には、性的攻撃および強姦ならびに死にさえ直面している。これらの経験に関連する形で、自尊感情の低さならびにうつ病罹患率、自殺率およびホームレス率の高さが生じている。
34.委員会は、思春期のすべての子どもに、表現の自由に対する権利ならびに自己の身体的および心理的不可侵性、ジェンダーアイデンティティならびに高まりつつある自律性を尊重される権利があることを強調する。委員会は、性的指向の修正を試みるための「治療」と称されるもの、および、インターセックスである思春期の子どもに対する強制的な手術または治療が押しつけられていることを非難するものである。委員会は、各国に対し、そのような慣行を解消し、性的指向、ジェンダーアイデンティティまたはインターセックスであることを理由として個人を犯罪者として扱いまたは差別するすべての法律を廃止し、かつ、これらの理由による差別を禁止する法律を採択するよう、促す。各国はまた、公衆の意識啓発を図ることならびに安全および支援のための措置を実施することにより、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーおよびインターセックスである思春期の子どもをあらゆる形態の暴力、差別またはいじめから保護するための効果的行動もとるべきである。

 あわせて、性的指向およびジェンダーアイデンティティに基づく暴力・差別からの保護に関する国連独立専門家が2018年に国連総会に提出した報告書(A/73/152)からも子どもに関する勧告(パラ81(a))が抜粋されていますので、訳出しておきます。

(a)インターセックスである子どもおよびジェンダー的に多様な子どものジェンダーアイデンティティの承認制度を確立すること。その際、子どもの権利条約(第3条(1)および第12条ならびに一般的意見12号および14号)にのっとり、第一次的考慮事項としての子どもの最善の利益ならびに年齢および成熟度にしたがって意見を表明する子どもの権利の尊重を考慮するとともに、とくに、条約第19条にしたがって定められた保障措置にしたがうこと(なお、当該保障措置は、特定の年齢の子どもの自律性および決定権限を承認した他の分野におけるその他の保障措置との関連で過度または差別的なものであってはならない)。……

【追記】(2024年4月12日)
  国連人権理事会は、4月4日、「インターセックスである人への差別、暴力および有害慣行との闘い」に関する決議を採択しました。

-OHCHR: A "big victory" for intersex people and their rights
https://www.ohchr.org/en/stories/2024/04/big-victory-intersex-people-and-their-rights

 賛成24票(日本を含む)・反対0票・棄権23票で採択された決議(A/HRC/RES/55/14)はこちらのページから参照可能になる予定です。いまのところ決議案(A/HRC/55/L.9)しか見ることができませんが、修正があったという話は見当たりませんので、これがそのまま採択されたと思われます。

 決議案では、▽性的特徴に生まれながらの変異を有する(インターセックスである)人々がすべての社会に存在すること、▽これらの人々が、人生全体を通じて、かつ生活の全領域で、複数のかつ交差的な形態の差別に直面する可能性があることを認識したうえで、
「性的特徴に生まれながらの変異を有する人々(子どもを含む)が世界のすべての地域で直面している暴力および有害慣行(これには、当該者の全面的な、自由なかつ十分な情報に基づく同意を得ずに、また子どもの場合には子どもの権利条約の規定を遵守せずに行なわれ、不可逆的である可能性もある、医学的に不必要なまたは延期可能な介入が含まれる)」
 について「重大な懸念」を表明し、各国に対し、関連の国際機関・地域機関と連携しながら、▽これらの人々に対する差別、暴力および有害慣行と闘うための努力を強化すること、▽ステレオタイプ、誤解および不正確な情報の拡散、スティグマならびにタブーのような根本的原因に対処すること、▽これらの人々を対象として到達可能な最高水準の身体的・精神的健康の享受を実現するために取り組むことを奨励しています。

 また、この問題に関する報告書の作成を国連人権高等弁務官に要請するとともに、第60会期(2025年9月)にこのテーマでパネルディスカッションを開催することも決定しています。

【追記2】(2024年9月22日)
ヒューマン・ライツ・ウォッチ〈専門家らが、インターセックスの人びとへの同意のない手術を終わらせるよう求める〉(2024年9月4日)も参照。

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平野裕二
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