見出し画像

性癖について話します。

https://grapee.jp/836198

上記URLをクリックしてほしい。(言い方怪しすぎワロタ)


とても丁寧で、読む人に対して配慮がなされていて、無駄に恐怖心を与えずに淡々としているいい記事だ。

且つ、これを無料提供・シェア可能としているところに投稿者様の人柄の良さを感じる。


世の中には一定数"異常性癖"と呼ばれる種類の人がいる。精神医学における病理的な"疾患"と診断される、性質上の偏りや癖である。そう、これは医学的にいうと病気なのだ。ビョーキ。

異常性癖の中のポピュラーなもので言ったらサディズム(SMのS)、マゾヒズム(SMのM)、ナルシシズム(ナルシスト)が代表的であろう。

割と多くの人が知っていて、大多数には理解されがたい性癖のなかに、生きている人間では興奮できないネクロフィリア(死体性愛)や、ヒトを食べて興奮するというカニバリズム(食人性愛)、そしてこの記事にあがっているネプロフィリア(乳児性愛)やニンフォフィリア(小児性愛)がある。大衆のIQ5くらいの言葉を借りると、「ロリコン」というわけだ。

人間がこういった数ある性癖に対して嫌悪感を持つのは当たり前だと思う。普通ではないから、人とは違うから、こういった性癖をもった人間との遺伝子を交配したくないから、所謂"生理的に無理"状態になる。


そして、「ロリコン」は社会的にも非常に危険な存在になる。こどもの一生をとてつもなく辛いものにしてしまう可能性が大いにある。

こどもや女性という、自分の身を守ることが生体的に難しいものに対して同意なく行為に及んで、傷つけるという非道理な行為は決して許されることではない。

今回の記事を見て、一番最初に思ったことがある。

酒鬼薔薇事件の犯人、少年Aの著者は、ネコを殺し、友達を殺し、今までにないオーガズム(射精感)を感じた自分を振り返り、自分のことを「先天的な精神の奇形」と言った。「そもそもの快楽を感じる、幸せを感じる神経回路が他人と違うのだ」と。

彼が起こした事件は卑劣で非道で史上最悪とも言える。(Wikipediaで見るとただただ不快な気持ちになる)ただ、私はその言葉を目にしてとても辛くなってしまった。

本当は彼だって周囲と同じように同級生の女の子に興味を持って、告白したりなんだりして付き合って、キスをしてセックスをする、相応の経験をしたかったであろう。そうやって"健常"な欲求の満たし方をしたかったであろう。けど違う。先天的に、みんなが興奮するところや快楽を普通に感じれるところでまったく共感ができなくて、この世の中に自分は一人ぼっちだといつも自問自答し、孤独と戦っていたのだ。

それにしても人を傷つけたり、殺人を犯したりする行為はもちろん許される出来事ではない。天地がひっくり返っても、どう考えても当たり前のことである。しかし、どうしても思ってしまう。彼の「先天的な精神の奇形」がなければこの事件は起きなかったのだろうか。絶対数が少ないこういった人間は精神医学における病理的な"疾患"と診断される、性質上の偏りがあり通常の人間のレールと外れると"異常者"と言われる。

彼は必要な治療を受けて、他人も自分も傷つけない人生を歩まなくてはいけない。

「異常性癖」に属すると言われる"ロリコン""下着ドロ""〇〇フェチズム"など聞くと、どうしても犯罪や異常といういわば差別的な言葉が脳裏をかすめる。

しかし、考えてみたい。

自分に置き換えるとどうだろう。

私はただ女性であり、恋愛対象や性的興奮を感じる対象が男性である。私の性の対象はたたただいわばマジョリティだっただけなのだ。ただそれだけだったのだ。

人間は理性を兼ね揃えている生き物だ。なので欲求に対して、本能に対して道理に反していることは理性的にならなくてはいけない。でも、どうしてもたまには理性が勝てず、ダイエット中に食べてしまったり、大切な人を傷つける行動をしたり、講義中に居眠りしてしまったりする。なので、もしかするともしかしたら私も性指向の歪みがある人間だったら、性犯罪を犯していたかもしれない。なんでも可能性というのはゼロではないのだ。自分だけは絶対ありえない、だからヤツはおかしいのだ、という偏見こそがおかしくて、自分ももしかしたらそうなっていたかもしれないのだ。そう思うとあながち他人事とは思えない。


マジョリティとマイノリティの話になると、どうしても避けられない話がでてくる。そう、LGBTQだ。

現在、LGBTQに関して世の中は多様化が進んできている。

自分の性に対して違和感を覚えても、受け入れる場所がじょじょにできてきたり、差別的な言葉がNGとされたり、同性愛に対して排他的な概念というものは減ってきた気がする。少なくとも私の周囲では表立って性的マイノリティーの方を差別視する発言をする人はいない。

というか、今の時代で性的マイノリティーの人に対して若干でも差別的な発言をしたら、大大大バッシングを受けることであろう。ちょっとこのバッシングも最近となっちゃ過激的なイメージもあるけど…

LGBTQへの理解は進んでいるが、性指向の異常となると急に異常者になってしまう。そもそも性同一性障害も障害なのか?頭が混乱してくる。

いやね、ただもちろん犯罪となると話が別なのだが、性指向でその人に差別的な発言をするのはよくないのではないか、ということが言いたい。

マイノリティーの方たちが幸せそうにしていると嬉しくなるし、性犯罪のニュースを見るとどうしてもいたたまれなくなり、それと同時に自分が自分であることに、大好きな人達といれることに、とても幸福を感じる。

人を愛して、愛されていることに感謝して生きていこう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?