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神々の賭博場(8)

 270度ねじ曲げられたヘルメスの頭部と、目が合った。
 ヘルメスの口が動いた。
 「よお」と言ったらしかった。

 拘束具が、キリキリと音を立てて動いた。
 ヘルメスの四肢がマリオネットのように動き、別の角度にねじ曲げられる。
 ヘルメスの目が大きく開き、口が声にならない悲鳴を上げた。
 苦痛に慣らさないよう、常に新しい苦痛を与える仕組みになっているらしかった。

「彼の胃の中には、惑星ダガ産の多頭蛇が、生きたまま1,000匹収められていた。知っているかね?あらゆる金属を喰らい、金屑に変えて排泄する蛇だ。しかも、バイオ処理の結果、無限と言っていい食欲の持ち主となっている」
 ナルニサスが、ヘルメスを一瞥しながら言った。
「これを、しかるべき場所で解き放てば、内側から外壁に重大な損傷を与えることができるだろう。私自身も、そこに力を集中せざるを得ないほどのね」
 ナルニサスは、忌々しげに煙を吐いた。

「結果として、「休息場」の防衛体制に、わずかだが穴が開くことになる。最大の兵器である、この私が完全な力を発揮できなくなるわけだからな。海賊どもは、そのすきを突こうというわけだ」
 再び、ヘルメスの拘束拷問具が動いた。
 ヘルメスの口から、うめき声が漏れた。
 ナルニサスは、そちらを見た。

「最初に見たときは、取るに足りない小神と思ったが、とんだ食わせ者だったようだ。入場時のチェック体制を全て潜り抜けて、あんな物を持ち込んだのだからな」

「あああああああああああああああ!!」
 ヘルメスは背骨をこれ以上ないくらい捻じりあげられ、その口からは悲鳴がほとばしった。
 私は、この拘束具がナルニサスの意志と連動していることに気付いた。

「それで、成功したのですか?」
 私は、なるべくヘルメスの方を見ないようにしながら言った。
 彼の様子は、もはや見るに堪えなかった。

「この男を追い詰めたときには、すでに腹の中の多頭蛇の大半が、吐き出されていた。私の目をかいくぐってだ。彼のこそ泥としての腕前だけは、認めざるを得ないな」
 ヘルメスが、再び悲鳴を上げた。
 彼の体は、もはやボール状にまで変形させられていた。

「さて、これが私にとっての目下の懸念なのだが。実はもう一つ、ここ数千年ばかりの間に立ち上がってきた、無視できない事態がある」

 その時、部屋が大きく揺れた。
 そして小さな揺れが二度、三度。
「気の早い海賊が、遠方からの艦砲射撃を試みているのさ。あまり、時間も無いようだ」
 そう言って、ナルニサスは葉巻を灰皿に押し付け、もみ消した。

「単純な話だ。この宇宙に数多ある人工世界は、汎宇宙銀行の強い経済的影響下にある。だが、その中にあって我が「巨神の休息場」は、「銀行」からの経済的支援は、必要最小限に抑えられている。何故なら、施設の建造から始まり、設備管理や対外的防衛といったことの大半を、私一人の力で行ってきたからだ。建造や修復のための資材すら、私自らが生成、合成したのだよ。そして、それが奴らには気に入らないのだ」

「奴ら?」
「決まっているだろう。「銀行」だよ。奴らは、その経済力とネットワークによって様々な機関、政府に入り込み、事実上支配している。私のように、その気になれば彼らから独立できるような存在は邪魔なのだ。出来ることなら、完全に支配してしまいたいのだよ」
 ナルニサスの目は、徐々に偏執的な色彩を帯び始めていた。

 汎宇宙銀行に関する陰謀論じみた風説は、数多く知られている。
 それらのいくつかは、真実に近く、あるものは完全な与太話だ。
 私には、本当かどうか判断のつかないものもある。

「正直に答えたまえ、君は彼らから送り込まれた暗殺者なのだろう?これまで行われた襲撃の数々は失敗した。私自身の力によってだ。それならば、私自身を直接襲撃すれば全ての問題は解決する。違うかね」

 偏執症は、年経た神が、しばしば陥る病だ。
 そして、それに巻き込まれるのは命があれば幸いと言っていいほどの災厄だった。

「違う。先ほども言った通り、私がここに来たのは、あくまでも個人的な目的で、「銀行」は一切関係ない」
 私は絶望的な説得を再び開始した。
「ヘルメスと出会ったのも、偶然だ。昔なじみに会って、なんとなく同行した。彼が海賊とつながっていて、破壊工作を企んでいたなど知らなかったんだ」

 ナルニサスは超然とした笑みを浮かべた。
「偶然!偶然!定命の者たちは、すぐにそう言って全てを片付けようとする!だが、我々のような時を超越した存在にとっては、偶然などと言う概念は幻想に過ぎない。全ては、か細い糸のような因果と、それを操る者の意思によって繋がれている。君が、その一部でないとなぜ言い切れる?」

「私の船の記録を調べて欲しい。私は千年以上の航海を続けてきた。「銀行」とは直接の接触は勿論、通信さえ行っていない」

「航行記録?通信?改竄できる。そもそも、千年という年月に何の意味がある?君の年齢は幾つだ?「銀行」の成立したのは100億年以上前だぞ。無限の時間があれば、無限に広がる陰謀の網の目を張り巡らすことが可能だ。現在、起きている事の全てが、はるかな過去の企ての結果かもしれない」

「私の事を、いろいろ調べたようでしたね。それなら、私は「銀行」の奴隷では決してないことが分かるはずだ。「銀行」からは、不渡りをだした神格の追跡と処理以外の仕事は請け負っていない。あなたの言うような暗殺を行ったことは一度もない!」

「君は、「銀行」からの依頼以外にも、数多くの神殺しを行ってはいるだろう。それらは本当に、君の個人的な事情で行ったものかね?さっき君は、復讐のことを口にしたが、君が私に対して個人的な恨みを抱いていないと証明できるかね?」

 彼とは初対面だ。今までに噂程度しか聞いたことがない。
 そんな相手を恨むなど、それこそ狂気の沙汰だ。
 しかし、彼の偏執症的頭脳は、その程度の理屈では動かされないだろう。

 完全な精神探査ならば、私の無実を証明できるかもしれなかった。
 だが、それは私の脳を焼き尽くされる危険と紙一重であり、なにより、頭の中を隅々まで覗かれるのは不愉快極まりなかった。

「君をこの場で殺してしまうのは簡単だ。ついでに、その面倒なヘルメットをひっぺがしてしまえば、私が望む情報も手に入るだろう。だが、それは少々面倒な作業のようだ。君が自分から全てを話してくれるのが、一番いいんだよ。そうすれば、君も、ここから生きて出ることができる」
 ナルニサスは、なだめすかすように言った。

 私は袋小路に追い込まれたらしかった。
 こうしている間にも、ヒースー・ヤの資産価値は下がり続けている。
 タイムリミットは、近づいていた。

 一度、部屋が大きく揺れた。
 本格的な攻撃が近いのかと、ぼんやりと考えた。

 唐突に、ここから出る方法を、一つだけ思いついた。
 危険だが、それはいつものことだ。

「一つ提案があるのですがね」
 私は言った。
「何かね。少々の取引ならば、相談に応じるが」
 ナルニサスは、やっとしゃべる気になったかと、安堵の表情を浮かべた。

「違います。あなたは、海賊の攻撃に「銀行」、そして私が関係していると考えている。それならば、私が、その海賊をすべて片付けてしまえば、少なくとも私が今回の攻撃とは無関係だと、証明されるのではないのですか?」

「何だと?!それは…しかし」
「それすらも陰謀の一部かもしれない?考えてみてください。あなたは「銀行」の狙いは「巨神の休息場」の経済的乗っ取りだと考えている。ならばですよ、あなたの暗殺は、あくまでも陽動で海賊の攻撃こそが本番だということになりませんか?この施設の資産価値を支えているのはあなただ。あなたを完全に亡き者にすれば、「休息場」の価値は一気に落ちる。だから、被害を与えるのは、あくまでも海賊によるもので、それも周辺設備や貯蔵庫に対してでなければならない。そのことがわからない「銀行」ではないはずだ」
 私は、一気にまくしたてた。

「一応の筋は通っている」
 ナルニサスは、半信半疑といった体で言った。

「信じられないと言うのなら、見張りをつけるなり、服従首輪をつけるなりしても結構です。私は裏切るつもりはありません。あなたも約束を守る限りにおいてですが」

 ナルニサスは、考え込んだ。

【続く】

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