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神々の賭博場(3)

 輪をくぐった先は、巨大な歓楽街だった。
 淡い光の中、様々な大きさのビルが建ち並び、金属製の街路を、様々な人々が行き交っていた。

 全体の雰囲気は地球における20世紀初頭の大都市を思わせたが、1つ1つの建物は温かみのある茶色のレンガ風の建材で組み上げられており、それぞれに「スロット」「high&low」「光子ルーレット」「プーカ式ポーカー」「キンサ料理」などのネオン看板が掲げられている。
 
 見たことのあるはずの無いその光景は、私に奇妙なノスタルジーを感じさせた。

「変だな、泣いちまいそうだ」
いつのまにか傍にいたヘルメスが呟いた。

「如何です。初めて見るのに、懐かしい。それが、「休息場」への第一歩なのです」

声がした方に向くと、直径50㎝ほどの青銅色のメダルが、宙に浮いており、表面に刻まれた肖像画のレリーフを、こちらに向けていた。

「驚かれましたか?「休息場」は、初めてですね?分かりますとも、一度来られたお客様は、全て記憶していますから」
浮彫りの顔が、一気にまくしたてた。

「ゲートは、お客様の生物、文化様式に合わせて、最適の場所へご案内するようプログラムされております。いかがです?なじみ深いゲームに娯楽、サービスが1つの都市の中にひしめき合っているのです」
 
 ここで、メダルはもったいぶるように一呼吸おいた。

「もしも、さらなる刺激を求めるならば、この都市を出て、異質な風景、文化、娯楽を味わうのも良いでしょう。それは、時に心躍り、時に肝胆寒からしめる、刺激に満ち満ちた経験となるでしょう。心配ですか?大丈夫!この地にいる限り、あなたは「遊興者ナルニサス」の加護のもとにあるのです。この地においては、誰も傷つくことはなく、永遠に続く歓楽と笑い、音楽の中で浮世を忘れ、ひと時の休息を得るのです」

「ありがとう」

 私は一言いうと、フライヤーを起動し、上昇を開始した。

「おっと、私としたことが、なるほど、信仰をお探しですか。左様、ここに来られるのは、普通の知的種族だけではありません。全宇宙より悠久の時を生きる偉大なる神々が、大いなる娯楽を求めて来訪されるのです。それにともない、様々な…」

 付いてくるメダルを無視し、私はただひたすらに上を目指した。

 「休息場」は外側から見ると、巨大な球形をしており、その外側に大小様々な施設が付属している。
 赤道付近から大きくへばりつくように張り出しているのが、私が手続きをしたエントランスであり、入場者はそこからゲートを経て、球の内部に移動する。
 球の内部は、そのまま巨大な空洞になっており、入場者はその内側に立つことになる。
 この大空洞こそが、「休息場」の中核であり、様々な歓楽都市群が建造されている場所である。
 だが、基本的に歓楽都市はいわゆる「常命の者」のためのものであって、それ以上の存在が行くことはほとんど無い。
 私が今から行くのは、「それ以上の存在」のための場所だ。

 私は、上方、つまり球の中心方向にひたすら進んでいった。

「えらい神々ってのは、一体どんな遊びをするんだろうねえ」
 ヘルメスが隣から声をかけてきた。
「まさか、普通にチェスやポーカーってんじゃないよな」
「神々についてなら君の方が詳しいんじゃないのか。その内の一人、なんだろう?」
「そうだねえ、そのはずなんだが、どうも自信が持てないんだよ」

 ヘルメスは、古代ギリシャ時代のある時点で神として誕生したが、ある時、宇宙というものの存在を知った。
 それからは、本人曰く「あちこち旅した」らしいのだが、結局、それが彼を太陽系を見舞った災厄から救うことになった。
 神としてかなりの年月を経ているはずのヘルメスだが、それでも神々の中では、まだ子供といっていいくらいに若いらしい。
 神々の成長というのは、その年齢だけで判断できるものではないらしいのだが、もしかすると、故郷を失ったことによる悲しみと苦痛が、彼の成長を遅らせているのかもしれなかった。

 そのことについて、面と向かって聞く気にはなれないが、彼の酒臭い赤ら顔と暴飲暴食の結果である、たるみ切った腹を見ていると、そう考えずにはいられないのである。

 上昇を続けると、前方に小さく光の玉が見えてきた。
 この世界の太陽だ。

 さらに上昇する。
 光球は徐々に大きくなっていく。
 そして、光球の周りを漂ういくつもの影。
 影は近づくにつれて数を増していった。
 やがて、光球の表面にひしめき合う、大きさも、姿形も様々な異形異貌の神々の姿を見分けられるようになっていった。
 それに合わせるように、笑い、嘆息、そして歌うような祈祷の声が、聞こえ始めた。

「いや、これは」
「どうやら、勝ちは決まったようだ」
「おお、呪われよ」
「ハ、ハハハハハハ」

 巨大な神々の周囲には、彼らの信徒を上に乗せた透明円盤が複数漂っていた。
 円盤の上の信徒たちは、祈りと信仰を、自らの神を讃える言葉で表す。
 それらは、互いに競い合うようにあたりに響き渡る。

「偉大なるミスヴァール大いなる地を闊歩し、鉄と炎をもって、勝利を勝ち取らん…」
「かくて生まれ出でし、ダ=ダルダーン、その父母を弑したてまつり…」
「おお、猛きもの、大いなる者、我らが願い、その顎髭の一本を持って、叶えたまえ…」

「ずいぶんやかましいな」
 ヘルメスが、脈絡無く混ざり合う祈りの言葉にうんざりした様子で言った。
「さしずめ、応援団といったところだろうな。何せ、信仰を捧げるご本尊が、直々に大勝負を繰り広げていなさるんだからな」

 祈りを捧げられる当の神々は、信者たちを気にとめることも無く、ただ勝負を楽しんでいるようだった。

 ゴブレットになみなみと注がれた何かを飲み干す青銅色の肌の巨人。
 その向こう側では、全身を鎧に包まれた偉丈夫が首を傾げている。
 かと思えば、蠢く触手の塊が掛け金をつり上げた。
 彼らの中央に据えられているのは、青々とした惑星だ。

 神々のゲームとは、すなわちバタフライエフェクトだ。
 定められたルールの元に微細な諸要素に介入し、結果を見る。
 そして、「チップ」がやりとりされる。

 中央の惑星が、徐々に茶色くなり始めた。
 神々のゲームに供された惑星は、干上がりつつあった。
 
 鎧の巨神が、満足げにうなずいた。

 私は、フライヤーの向きを変え、その場から離れた。
 彼らのしていることは、何かをひどく冒涜しているように思えた。
 興味本位で見物していいものではない。
 何より、私には目的があるのだ。

 光球の周囲をめぐるように、フライヤーを進めていく。

 目にする光景は、どこも似たようなものだった。
 様々な形で運命を弄ぶ神々の遊戯。
 盲目的に神々を讃える狂信者。
 私は、気が滅入ってくるのを感じた。

 ここで行われている行為は、ルールと原理がより複雑なだけで、本質的には人類を破滅に導いた宇宙ビリヤードと、さして変わりはないのだった。

 ヘルメスは、私の隣で押し黙ったまま、ときおり、手に持った酒瓶を喇叭飲みにしていた。

 私も一口、相伴に預かれないかと考えだしたとき、不意にコズミックヘルムが、反応した。
 追跡を続けていたエーテル痕跡の大本を、ついに発見したのだ。
 すなわち、全人類の仇たる無法の神々の1柱、「怠惰のヒースー・ヤ」を。

【続く】

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