神々の賭博場(6)
まず気付いたのは目の前にある半透明の何かだった。
その向こうには、おぼろな人影がいくつか、せわしなく動いていた。
かろうじて首を動かすと、ガラス製の鉢を逆さにしたような何かが頭の周囲を覆っているのが分かった。典型的な精神探査装置の端末のようだった。
手足を動かす事はできなかった。椅子のような物に座らされ、拘束されているらしい。
「なかなか抵抗するな。出力を上げるか」
誰かが言った。
次の瞬間、コズミックヘルムが警報を発した。強力な精神探査の網が、私の脳をかき回し、中身を洗いざらい掻きだそうとしていた。
「そうだな、多少の障害が残っても構わん」
声が特に感情を込めずに言った。
私は、目を閉じ、瞬時に瞑想状態に入った。
『火は水を流れ、大地を包み、虚空を吹き消す。』
惑星ザギマの修道僧達に伝わる、自己催眠による精神操作方法。そのスイッチとなる言葉だ。
この言葉を思い浮かべた瞬間、私の意識は分解され、引き伸ばされ、渦を巻き、一塊の砂のように捉えどころのない、変幻自在の存在となった。
意識と無意識が融合し極度の柔軟性を得た私の精神は、無意識の奥にまで食らいつこうとする探査装置をかわし、欺き、そして隙を見て反撃した。
閃光、電気回路のショートする音。
そして甲高い悲鳴が一声。
間髪入れず、私は人工筋肉の出力を一気に引き上げた。
両腕に力を込め、拘束を引きちぎる。
続いて両足を自由にする。
視界を覆っていた探査装置の影から出ると、そこは様々な尋問、拷問器具の並んだ広大な空間だった。大きめの体育館を2つくっつけたぐらいに広い。床も、天井も寒々としたコンクリートで覆われていた。
そして、私の目の前では、半ダースほどのグロス人がそれぞれ銃を手にして私を取り囲んでいた。
特に分別を必要としない暴力が必要とされるとき、大抵この二足歩行のアンコウに似た星間種族が雇われる。
ヘルメットの演算機能に頼るまでもなかった。私は強化された反射神経と筋力、そして原始的な本能の赴くまま姿勢を低くし、前方に飛び込んだ。
紫色の光線が私の頭上で交差した。
私は素早く前転すると正面のグロス人に接近し、ふくらんだ太鼓腹にボディ・ブロウを叩きこんだ。
魚面が苦痛にうめくのを見ることもなく、私はそいつの背後に回り込んで盾にした。そのまま、じりじりと後ずさっていく。
グロス人の道徳心の無さと無慈悲さは、宇宙中で知られているが、仲間内の連帯意識は、どうだっただろうか?
グロス人達は、その瞼の無い目で、目配せを交わしあっていたが、結局、運の無い奴は見捨てるということで、意見の一致を見たようだった。
奴らは一斉に銃をこちらに向けた。
私は、牽制のために人質を思い切り前方に蹴り飛ばした。
そして、横っ飛びに飛んで、近くの「鋼鉄の乙女」風の拷問器具の影に身を隠そうとした。
次の瞬間、風景がシャボン玉のようにはじけた。
私は、毛足の長い絨毯の敷かれた広い個人用オフィスらしき所に立っていた。
人質のグロス人は消えていた。
一目で高級と分かる応接セット。種類の分からない観葉植物らしき鉢植え。壁にはいくつかの絵画──抽象画なのか、どこかの星の風景画なのか判別しかねる──が掛けられていた。
そして、私の正面には、精緻な彫刻で飾られた木製のデスクがあり、その向こうには、永劫の時を生きる神にして、全宇宙にその存在を囁かれる「巨神の休息場」の支配者である”遊興者”ナルニサスがいた。