神々の賭博場(5)
あたり一面が闇だった。
私は、その中で必死に前へ進もうとする。
しかし、周囲の闇はコールタールのようにまとわりつき、私を進ませまいとする。
一筋の光もない中でもがき、あがいて、永遠の時間が過ぎていくかのようだった。
一つの顔が浮かび上がる。
ハリスン、スペースレンジャー隊の伊達男。
若く自信にあふれ、無鉄砲と機知の危ういバランスの中で、何度も隊の危機を救った。
若く無軌道な神々によって、自分たちを除く人類が絶滅したことを知ったとき、我々レンジャー隊員は復讐を誓い、そして私を除いて全滅した。
ハリスンは、その最初の犠牲者である。
今、ハリスンはその目に狂気の色を浮かべ、首から下を大量の血で赤く染めていた。
神の目をまともに覗き込み、その恐怖に耐えきれず、自ら命を絶ったのだ。
ハリスンの口が開き、血がどっとあふれ出した。
「あの目、あの目が忘れられない、頭から離れない。怖い…怖い…」
ハリスンは、口から血を滴らせながら、断末魔の声を呟き続けた。
私は、思わず目をつぶった。
だが、目の前の光景は消えず、ハリスンは血を滴らせ続けた。
私は夢を、悪夢を見ている。
「どんどん悪くなっていきやがる」
隣でジム・ロックヘッドがつぶやいた。
いつもと変わらない、陰気だが、力強い声だ。
宇宙船操縦の達人であり、生きるか死ぬかの鉄火場では彼ほど頼りになる男はいなかった。
その腹には大きな穴が空き、向こう側の闇を覗かせている。
砕けた船殻の破片が彼を貫いたときの物だ。
閃光がはじけた。
暗闇の中を、火を噴く宇宙船が斜めに落ちていく。
強襲型宇宙船「デスバード」。
これは違う。こんな事は無かった。
デスバードは、ただ沈黙し、物言わぬ我々の棺桶となったのだ。
華々しい死は、私の内に秘めた願望だった。
私の周囲には、レンジャー隊の面々が、物言わぬ骸となって漂っている。
沈黙したデスバードの中で、私が見た光景だった。
白衣を着た女性が私の目の前を通り過ぎる。
責めるような、すがりつくような視線を私に向けて。
リタ・ヘンダーソン。
私の心を悔恨と罪悪感が満たした。
彼女を同行させるべきだったか、いまだに分からない。
他に選択の余地が無かったとしても。
「感傷に浸ってる暇はねえぜ、ボス」
ジム・ロックヘッドが言った。
「大変な事になってる。早く目を覚まして、なんとかしねえと」
私は、ジムの方を向いた。
その目には、はっきりとした理性の光があった。
「君は何者だ。待て……ヘルメットのサポートA.Iか?」
ジムは、唇の端をつり上げて笑った。生前のジムが良くやった肯定のサインだ。
「電撃で、メインの回路が軽くイカレちまった。復旧にしばらく時間がかかった」
「そして、私の夢の中に割り込んだ?」
「手っ取り早かったんでな。それと、精神探査の妨害にリソースをつぎ込む必要があった」
「精神探査?」
「あちらさんが、あんたの脳みそをフライにしてまで情報を引き出すつもりはなかったのは幸いだったな。とはいえ、それも時間の問題だろうが。とにかく目を覚ましな。そうすりゃわかる」
「そうしたいのは、山々なんだがね」
「わかってる。だから俺がここに来た」
そう言うや否や。ジムの拳が私の顎にクリーンヒットした。
完全に不意を打たれた私は、そのまま後ろに吹き飛ばされた。
そして、周囲の全てが、一瞬で掻き消えた。
現実への覚醒の一瞬、私は過去からの凄惨な悪夢を少しだけ名残惜しく感じた。
不可解な話だった。
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