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神々の賭博場(4)
幾重にも重なった贅肉のひだに付いた短い手足と不格好な頭、、それがヒースー・ヤの見た目だ。
今、ヒースー・ヤは、醜く肥満した体を前後に揺らしながらゲームに没頭していた。
常に変化し続ける盤の上を骰子が転がるたびにどんよりと濁った目が左右に動き、だらしない口がつり上がる。
驚いたことに、醜悪の極みのような奴にも、それなりに崇拝者がいるらしかった。
「ヒースー・ヤ、ヒースー・ヤ、おお、ヒースー・ヤ」
怠惰の神の肉ひだの隙間に、ぽつぽつとニキビのように、様々な種族の頭部、あるいは身体の一部が、突き出ていた。
それらは、各々でフースー・ヤへの祈りともため息ともつかない呟きを漏らしていた。
みるからに不潔で臭いそうな贅肉の隙間が彼らにとっては心地よいらしく、皆が緩み切った表情を虚空に向けていた。
「昔さ、たくさんのアンコウのオスが一匹のメスに引っ付いてる標本を見たことがあるんだよ。何匹かのオスは完全にメスの体と一つになっててさ。見てるとなんか、思い出すな。あいつは男みたいだけど」
ヘルメスが言った。
一人の老人が、祈りの言葉を呟きつつ、贅肉の山に埋もれていった。新規の入信者だ。
私たちは、しばらくの間、怠惰の神が、我々には想像もつかないルールで骰子を振り続けるのを見守っていた。
雰囲気から、怠惰の神はあまり博打上手とは言えないらしいことが察せられた。
しょっちゅう、天を仰ぎ、ため息をもらし、わずかに首を振る。
それでも、止めることも、場を移すことも、奴の頭には無いようだった。
ただ賭け、骰子を振り、負け、たまに勝った時は、醜い口をあけて笑うのだった。
「で、このまま、奴の賭博師ぶりを見物するのかい?それとも、後ろから奴の肩を叩いて、振り向いたところを、っていうのはサイズ的に無理だな。後は…」
「ああ、そのことなら…」
私は冗談めかして言うヘルメスに、答えてやろうとした。
その時、背後に複数の気配を感じた。
私は振り向いた。
猛禽類じみた仮面をつけた、タキシード姿の男達が数人、中空に静止していた。
背中には、金属でできた翼を背負っている。
惑星タルサ産の飛行装置だと、見て分かった。
それぞれが、手に長さ30㎝程の金属の棒を手にしている。
その棒が、先端からバチバチと放電した。
犯罪者御用達のスタンクラブだ。
歓迎委員会でないことは確かだった。
「一緒に来てもらいたい」
一人が、前に進み出て言った。
「理由は?」
「休息場の創造者にして庇護者、この地を統治する偉大なるナルニサスの命令だ」
男は、流暢に言った。
「この地は、あらゆる者を歓迎し、喜びを与えると聞いていたのだが」
「盗人、いかさま師、暴漢の類いは別だ」
「それなら、ますます納得いかないな。何かの間違いじゃ無いのか」
しばらくの間沈黙が続いた。
男達は、引き下がるつもりは無いようだった。
とにかく、誤解(だろう、多分)を解かねばならなかった。
私が、口を開こうとした瞬間、仮面集団の雰囲気が一変した。
仮面の男達の中から2人、私から見て下方向へと、さながら獲物を追う猛禽のように滑空して行った。
同時に、残った5人が、私に向かってスタンクラブを構えて殺到した。
ヘルメスが私の傍から姿を消しているのに気付いたのは、その時だった。
ヘルメスの行方を気にする暇は無かった。
私はフライヤーを垂直方向に急発進した。
5人の中で、とっさに反応できたのは2人だった。
その内の1人のスタンクラブが、私の足をかすめた。
脳にまで届く衝撃が私を襲った。
辛うじてフライヤーにしがみ付きながら、頭をフル回転させる。
私の使っている背負式のジェットフライヤーは、タルサ式の「翼」にあらゆる面で劣っている。
逃げ切ることは不可能だろう。
それならば、やることは1つだ。
追手5人は上下左右に展開し、私を包囲しつつ距離を詰めてきていた。
私の前方では、腰布1つ身につけた赤銅色の肌の巨人がカードゲームに興じている。
フライヤーの出力を最大にして、その背中に突っ込む。
衝突まで約10秒、私はフライヤーのスイッチを切った。
この施設の中心部は無重力状態だ。
慣性のまま赤銅色の背中に衝突する刹那、腕を前に伸ばし、目の前の巨大な肉体を思い切り、押した。
反動で、最も近い追手へと弾丸のように飛びかかる。
仮面の男は咄嗟に反応しようとしたが、それより早く、私の足が男の顔面を仮面ごと砕いていた。
まずは、一人。
気絶した男を、そのまま踏み台にして包囲の外側に飛び出す。
フライヤーを再び点火、一気に加速し、2人目に突き進む。
相手は、スタンクラブをまっすぐ突き出した。
一瞬早く反応した私は、クラブの持ち手部分を左手ではじき、方向をそらす。
そのまま突っ込み、肘を叩き込む。
顎の骨の砕ける感触。
残る3人は、僅かに生じた混乱から立ち直り、警戒するように私の周囲を飛び交い始めた。
不意打ちの時間は終わった。状況は以前不利だ。
私は隙を見つけようとあちこちに飛び回った。
無駄だった。
余裕を取り戻した3人は、私を嬲るように優雅に滑空し、隙を見てはスタンクラブの一撃を繰り出してきた。
私からの直線的な攻撃は完全にいなされ、かわされる。
お互いの飛行装置の性能の差が、はっきりと表れていた。
私のジェットフライヤーでは繊細な動きは難しい。
いまいましい電撃が私を無力化するのも時間の問題かと思われた。
巨大な掌が我々に向かってきたのはその時だった。
先ほど私が反射板にした赤銅色の巨人の者だった。
知らぬ間に、彼の周囲を飛び交う形になっていたらしい。
我々は、巨人にとっての目障りな蚊だったのだ。
敵の1人は、体勢を変えずに後ろに滑るように飛び、手のひらを避けた。
もう1人は、そのまま上昇し、難を逃れた。
最後の1人は、巨大な手のひらに直撃した。衝撃で、首と右腕があらぬ方向へ曲り、そのまま吹き飛ばされていった。
私は、とっさにフライヤーを全力で加速した。
方向は、巨人の中指と人差し指の間。危険な行為だ。こういう賭けは好きじゃない。
だが、生存の目がありそうなのはそこしかなかった。
間一髪、潜り抜けた。
我々をたたきつぶそうとした男の巨大な碧眼が私をちらりと見た。
私はそのまま巨大な頭部を右回りに進んでいく。
巨人はそのままカードに目を戻した。
敵は、一時的に私を見失ったようだった。
たやすく背後を取ることができた。
私は1人の背中に突進すると、首筋に一撃を見舞う。
これで、残りは1人になった。
最後の1人がこちらに向き直った。
私は、軽く笑いかけてやった。
手早くけりをつけようと、私はジェットを吹かそうとした。
「そこまでだ」
突然、1つの声が、辺りに響き渡った。
威厳と、わずかないらだち。
子供たちの悪ふざけに、とうとう堪忍袋の緒を切らした父親を連想させた。
私は、強く引っ張られるのを感じた。
次の瞬間、まったく意図しない方向へと一直線に飛ばされていた。
何か目に見えない力が私を地表側へと強く引き摺っていく。
まるで、その場の重力が突然、何十倍にでもなったかのようだった。
私は必死にフライヤーを操作し、この異常な重力に抵抗しようとした。
「無駄だ」
声の言う通りだった。最大出力であっても、私は上昇する事なく、落下し続けていく。
何がおきているかはわからないが、嫌な予感だけは、どんどん強くなっていく。
視界の片隅で何かが光った。
直後、私の身体は激しく痙攣し、脳が激しく揺さぶられた。
それが、2回、3回、4回………
強烈な稲妻が、私を立て続けに襲っていた。
現在の私の体は、少々の電流には耐性がある。
しかし、今私を襲う雷撃はその限界を遥かに上回った。
絶叫が口をほとばしり出た。
電撃は威力を増していく。
この状況を脱することができるだろう手段が1つだけあった。
私の奥の手であり、大抵の困難はこれで脱出できるだろう。
問題は、私がこれをやると、このコロニー内もただではすまないということだ。
ここには、ただ遊びに来ただけの人々が数十億、いやそれ以上の数ででひしめきあっている。
無辜の人々を危機にさらしたことは数え切れないほどあるが、それを好き好んでやったことなど1度もなかった。
何もする事ができないまま、意識が朦朧とする。
苦痛の中で、私を移動させる力の向きが変わるのを感じた。
今は、地上と平行に宙を滑空している。
どこかに連れて行かれるのが分かった。
場所は文字通り、神のみぞ知る。
薄れゆく意識の中で、地上からの音楽が聞こえた。
調子外れのジャズのような、陽気で、狂騒的な異星音楽だった。
人々の笑い声が聞こえるような気がした。
地上では、だれも私の事になど気付かないだろう。
ここは、とても楽しい場所だ。
誰かが、苦痛とともに、どこかへ連れ去られることなんて、あるはずがないのだ。
この場所の全てを呪わしく思いながら、私は、ゆっくりと意識を失っていった。