自分を整える #学びの時間 境野詢子さん
――さまざまな人が生活の中でどんなことを学んでいるのかを聞く連載「学びの時間」。第1回は創業70年の家業の創業一族の長女である境野詢子さんです。(取材・写真・文=吉峰史佳)
生け花は自分をクリアにする時間
2年前から始めた生け花は、回を重ねるごとにお花を生かすということを考える時間になっています。この子(花)の一番いい表情は何かな、と。生け花には花ひとつひとつの表情と全体の空気感、流れがありますが、それを感じることが今やビジネスにも生きてきています。
例えば、グループ会社各社の財務諸表を見るのですが、数字に表れていない、それぞれの会社の性格を見たり。会社の価値って、人にあると思うんです。現場の人たちの想いとか。数字には反映されないですけど、そこを想像するようになったと思います。
もう1つ生け花の面白いところは、美しさに対して正解はないけれど「型」があるところ。基本的なルールがあって、それが制約になるのに、同じ花材を使っても、全然違う作品ができるのも面白いですね。その人なりのとりかかり方もあり、毎回他の方の作品を見て「そうきたか」と思います。
ものすごく集中する時間でもあります。花を活けていると、手が決めているのか頭が決めているのかわからなくなる瞬間があって、それくらい脳と体が一体となった世界に入れる。瞑想などは苦手ですが、自分の中にあるモヤモヤしたものがはがれていくような感覚があります。ただのリラックスではなく、静と動が混在して、潜在意識にアプローチしているような、自分がクリアになる大切な時間です。
日本人の代表として和菓子で人をつなぐ
海外に行くと、日本を代表しているから、ホームパーティなどで「お寿司できるでしょ、和菓子できるでしょ」と言われるんです。アメリカでクッキー焼いて出せないんですよね。和菓子と言ってもお汁粉くらいしかできませんし、「羊羹の材料は?」と聞かれても自分でつくったことがないとリアリティーを持って答えられないんです。
だから、生け花で出会った和菓子の先生に月に一度習っています。和菓子って自宅でできるイメージがなかったから、嬉しかったですね。
先日、スペインの方がいらしたのでお料理の最後に和菓子を出したのですが、練り切りなどは目にも美しくとても喜んでくださいました。
海外出身の社員を自宅に招いて和菓子をお出しすることもあります。彼・彼女たちも自国のお菓子をふるまって国対抗ではないですが、そういうところから会話が弾んで。食べることは、人と人をつなげると思います。
カリグラフィーで日々の自分を知る
もう1つ、アートカリグラフィーも習っています。日々自宅で練習をするのですが、ペンを持つとその日の筆圧などから心の乱れがわかります。
生け花で自分の意識をクリアにして、和菓子ではクリエイティビティを発揮して楽しんで、そして、カリグラフィーでは日々の自分の状態をチェックする。その循環がビジネスにも生きていると思いますし、何より楽しむことがパワーになります。
自分の枠を超えていくために
子どもの頃から創業者である祖父母の苦労を間近で見て育ったので、生き物を扱う仕事の大変さは身に染みています。家業を手伝うことは一生を捧げる覚悟がいるので、長い間迷いました。でも会社の歴史やコアとなる伝統を見てきた人間として会社に存在する意義があるかもしれないと思い、経営層として手伝うことを決めました。
経営者にとって大事なことは「器の大きさ」だと思います。一度きりの人生だから、みんな幸せを目指していますよね。私もそう。でも経営者はより多くの人の幸せを願い、そのために自分の枠をいかに超えていけるか。自己犠牲的にそう思うのではなく「みんなの幸せが自分の幸せ」と思えると相手も自分も嬉しいですよね。でも自分のこころが綺麗でないと、相手の幸せを喜べなかったりします。だから、生け花や和菓子、カリグラフィーなどでいつも自分の気持ちをクリアにしようと心がけています。
*訂正 当初、跡取りという表現がありましたが、経営層と訂正いたします。
【境野詢子さんプロフィール】
津田塾大学学芸学部英文学科卒業後、渡米。米国会計学単位を取得。帰国後、ザ・リッツカールトン東京開業に伴い”きもの”着用コンシェルジュに従事。好評を博し、個人向けのスタイリングアドバイザリーサービスを開始し、起業。2018年から境野養鶏に入社。著書に『拝啓「オトナ理系男子」さま、”着づかい”のコツお教えします』(ワニブックス)。