カバディを選んだ我が子よ、どマイナー競技をなぜ⁉
我が子が、カバディを始めた。
「え、あの、ネタスポーツ?」と母ちゃん、こっそり隠れて苦笑い。でもそんな生暖かい視線などまったく意に介さず、我が子は高校のカバディ部の活動にのめり込んでいった。
カバディがどんなスポーツかは、日本カバディ協会のウェブサイト等をご覧いただきたいところなのだが、攻守がぶつかり合う展開では、ザ☆フルコンタクト。ケガのリスクも少なからず、巷では「走る格闘技」なんて称されてもいるらしい。
我が子が“洗礼”を受けたのは、競技を始めて半年ほど経った秋口。足の甲をひねったという。
ここで“洗礼”と書いたのは「ケガ」という意味合いももちろんあるのだが、実はそれだけではない。
早速、近所の整形外科クリニックへ出かけたのだが:
「部活でケガ? 何をしているの?」
「カバディ、です」
「え、カ、カバディ?」
メジャーどころなら「野球部の練習中に自打球で」とか「サッカー部の大会のヘディング争いでぶつかって」とかで、あっさり問診を終えられるのだろう。
しかし、カバディである。
先生だって決して短くない整形外科医人生で、初めてカバディプレイヤーを患者として迎えたに違いない。
白衣の天使ならぬ、神の化身のような看護師さんが「あら先生、最近カバディ漫画も流行っていて、アニメ化もされたんですよ」なんて助け船を出してくれたのだが(いやほんと後光がさして見えました)、医師は「はぁ」と歯切れが悪い。
「インドの伝統競技で、鬼ごっことドッチボールを合わせたみたいなスポーツで・・・1対7でぶつかり合うレスリングみたいな」
結局のところ手負いの17歳が、医師に懸命に「カバディとは何ぞや」から説明をしなければならなかった。
そう、マイナースポーツの場合、ケガの治療の前に「プレゼン」が求められるのである。
2度目の試練は、それから約2カ月後のこと。部活の練習中に膝にダメージを負った我が子が、弱々しい声で「靭帯をやったかもしれない」と電話をかけてきた。
よりによって、土曜の夕方だった。週末の夜に開いているクリニックなどない。泡を食って市の医療情報ダイヤルに相談をしたのだが、そこでも「部活は何を?」と聞かれてしまう:
「カバディです」
「え?」
「カバディ、です」
母ちゃん、心臓の鼓動が、イヤな感じで変なリズムになる。救急車を呼ぶほどではないにしても、1秒でも早く我が子を病院へ連れていきたいのに。
「えーっと、具体的にはどういうシチュエーションで?」
「大人数からタックルをされて、下敷きになった際に膝を痛めたようで」
「ラグビーで、タックルされたみたいな?」
「そうです、そうです!」
「であれば、〇〇病院か◎◎病院に受診可能かどうか問い合わせてみてください」
御礼を伝えて電話を切り、〇〇病院の救急窓口に電話をかける。やっぱり「部活は何を?」の確認が入る:
「カバディです」
「え?」
「カバディというスポーツがあって、状況としてはラグビーで大人数からタックルされて下敷きになったようなイメージです」
おぉ、うまいこと要約できてきたぞ。
ところが「いま病床がいっぱいなので他院へ」と断られてしまい、あらためて◎◎病院の救急窓口へ電話することに:
「部活は何を?」
「カバディというスポーツの部活で、状況としてはラグビーで・・・」
嗚呼、なんてスムーズ! わたし、GJ(グッジョブ)!(というより市の医療情報ダイヤルの方、ありがとう!)
幸い、2つ目の病院で受け入れのOKをもらえたものの、到着するやいなや再び、我が子は看護師さんの事前問診で「カバディって、何?」と質問攻めに。
当然の流れとして医師の診察時にも「え、カバディ?」と聞き返され、しかも先生がちょっと興味を示してくださったものだから、子どもも幾分ホッとしたのか「攻撃手がカバディカバディ言いながら敵陣に乗り込むんですけど」なんておよそ治療には必要のない解説まで、ついブッ込んでしまう始末(膝、痛いのに)。
我が子も、自分も、だんだん、プレゼンが上手くなる。いや、ならざるを得ない、という方が正しいか。
教育的には「プレゼン能力がアップ!」だなんて、いまの時代っぽくて、すっごーくいいのかもしれない。
だが果たして、コレって喜ぶべきなのか。「一刻も早く治療してくれ、痛がってるんだぞ!」と気ばかり急く母ちゃんは、我が子を連れて医者にかかる度、マイノリティであるが故のタイムラグが、どうしようもなくもどかしいのだ。
どこへ行っても「え、カバディ?」と怪訝な顔をされ、急を要するケガの治療にすら、すんなりとは入れないカバディ。
もっと言えば、高校でカバディ部があるのは1校だけで目下インターハイなど望むべくもなく、大学生や社会人に混じって東日本選手権や全日本選手権に出場するにしても、試合の機会はごく限られる。しかも年長のライバルたちの戦略は巧みで、勝つのだって容易なことではない。
母ちゃんは、思うのだ。
「なんで、カバディなの? もっとフツーな競技で、よかったんじゃないの?」
頑張る我が子を、母ちゃんなりにずっと応援してきたつもり。だけれど、いつもどこかでチラチラしていた、この、しぶといクエスチョン。
今回、noteを記すにあたって、我が子に無礼を承知で、思い切って尋ねてみた。するとあの子は、輝くような笑みを満面に浮かべ、微塵も悩まず、即答したのだ。
「だって、カバディが楽しいから」
曰く「日々の努力が報われて、勝ち星をあげればうれしいし、負けたらメチャメチャ悔しいけど、それでも楽しいんだもん。マイナーだから試合もなかなかできないけど、だからこそ、ゲームができることが本当にうれしいんだよね」
我が子は、それにね、と続ける。
「ただ勝ちたいだけなら、同年代で競い合えるようなほかのスポーツを選べばいい。ケガだってあるし、メジャーな競技じゃないから病院でも毎回大変だし。自分だって楽しくなければ、カバディなんて絶対やらない。楽しいから、カバディをやっているんだよ」と。
母ちゃんは正直、脳みその片隅で、マイナースポーツに青春を捧げるなんて、意味が分からないと考えていた。何の目的で、と訝しんですらいた。
でも、もしかしたら。
スポーツをするのに、意味も、目的も、要らないのかもしれない。
「だって、カバディが楽しいから」
チャレンジする理由、あるいは挑戦するチカラが湧き出る源泉は、ただそれだけでいいのかもしれない。
そして母ちゃんは今日も西友にプロテインドリンクを買いに行き、鼻が曲がりそうな、じっとりと重い練習着を指先でつまみ上げ、洗濯機を回すのだ。
「どうかケガのないように、またあの七面倒くさいプレゼンを重ねなくていいように」と願いながら。
◆ちかぞうTwitter @ChikazohHCSC
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