おはよう、起きたかな?
「おはよう、起きたかな?」
「ああ、ごめん!いきなりでびっくりしたよね。
よしよし、もう大丈夫だよ。
君を害するものはいなくなった。」
「覚えているかな?
君は僕と会ったことがあるんだ。
君にとっては些細なことかもしれないんだけど、
いや、本当に些細なことなんだけど、
僕にとっては大事なことなんだ。」
「なんだか恥ずかしいな。
君はね、僕の帽子を拾ってくれたんだ。
僕は人と目を合わせるのが怖くて、いつも帽子を被っているんだ。
なんだけど、風が強い日に飛ばされちゃってね。
慌てて追いかけて、なかなか追いつかなくて。
その時に君が僕の帽子を拾ってくれた。
あの時は、ありがとう。ふふ、やっと言えた。」
「君、あの電車を使っているだろう?
僕もそうなんだ。ふふ、家が近いんだね。
最初はね、ああ、あの時の子だ、としか思ってなかったんだけど、
気が付いたら目で追ってて。」
「こういうの本人の前で言うの恥ずかしいな。
うん、君のことをもっと知りたいと思ったんだ。
通っている学校とか、どこで働いているのとか、スーパーでいっぱい何を買ったのとか。」
「そうしたらね、ある日、君の様子がおかしいことに気が付いたんだ。」
「ふふ、いつも見ていたからね。
分かったよ。
君、横腹を痛めていたでしょ。
おかしいなと思って後をついていったんだ。
そしたら、君はまっすぐ家に帰っていった。
この家だ。
いつもはすぐ僕も帰るんだけど、その日は少し待ってみた。」
「すると、どうだろう。
君の家から大きな声と音がした。
男の怒鳴り声だった。
びっくりしたよ。
君があんな目に遭っていたなんて。
まったく知らなかった。」
「気づかなくて、ごめんね。」
「その時はまだ信じられなくて。
でもそれから何日も君は外に出てこなかった。」
「君はやっと出てきた。ゴミを捨てるために。
早朝だったね。
近所の人に見られるわけにはいかなかったんだろう?」
「その顔の傷を。」
「ああ、僕はなんて馬鹿なことをしたんだ!
もっと早くこうしておくべきだった。
そうしたら、君は、こんな傷をつけなくてすんだのかもしれないのに。」
「ごめんね、痛かっただろう?」
「それから僕は一度家に帰って準備をした。
まだ明るかったしね。
夜になってからここに来たんだ。
できるだけ周りの人にバレたくなかった。
君と話をしてみたかったから。」
「そうだな。
少し長くなっちゃうけど聞いてくれる?
手短に話すからさ。
僕の母親の人はね、僕が幼いときから、ずっと僕に虐待をしていたんだ。
何日も変えていないお風呂のお湯に頭を押さえて窒息させかけたり、洗剤を飲まされたりした。
逆らえなかった。」
「ああ、ごめんね、そんな顔しないで。大丈夫だから。」
「あの人はもう捕まっているし、僕は生きてる。
あの人は僕を殺さなかった。
だけど、僕はずっと諦めていたんだ。
いずれ僕もあの人のようになる。
どこかでずっとそう思ってた。
まさか人を殺すとは思ってなかったけど。
でも、好きな人を救えたのなら、それで良かったのかもね。
あ、ごめん、言うつもりはなかったんだけど…。」
「でも、君の父親に会って驚いたよ。
足が不自由だったんだね。
車椅子に乗っているって思ってなかったな。
そして、君の父親はこの棒を使って君を叩いたわけだ。
君の父親、プライドが高かったの?
娘に世話をされるのが嫌だったとか?」
「そうなんだ。
一人で抱えて大変だったね。
父親の面倒を見ながら、学校に行って…。
よく頑張ったね、えらいよ。」
「うん、よくやったよ。君はえらい子だ。」
「これはもういらないね。
君の腕にロープの跡がついているだろう?これを証拠にするんだ。」
「君は拘束され、やっとの思いでロープを切り、抜け出した。
君が警察に連絡するんだ。」
「君はこの事件の被害者であり、第一発見者だ。
犯人の顔も、もう覚えただろう。
見たまま、聞いたままをすべて警察に話すんだ。
僕は君のストーカーで、君の父親を殺した。」
「罪は償うべきだろう?」
「…どうして?」
「それこそ知らせるべきだ。
君は早く適切な処置を受けたほうがいい。」
「え。」
「罪は償うべきだ。」
「きっと色々なことがあって気が動転しているんだ。
落ち着いたら、きっと大丈夫。」
「嘘じゃない。
君のことが好きだ。だけど…。
…君に苦しい役をやらせて、ごめん。」
「…分かった。
僕は自分の家で警察が来るのを待っていればいいんだね。
じゃあ、僕の名前も伝えてほしい。
僕の名前は…。」
僕は帰り道を歩いた。
もう一度、自分の家に帰れるとは思っていなかった。
母親のようにはなりたくなかった。
でも、それを超える罪を犯してしまった。
僕は罰を受けるだろう。
どうか、君が僕の知らないところで、幸せに暮らせますように。