65歳以上新人保育士と実際に働いた経験とそれを通して思うところ

最近、「65歳新人保育士が突然解雇された」というツイートが話題です。この内容の細かいところは置いておくとして。この話題に関するコメントのなかに、私の目を引くものがいくつかありました。

「専門職である保育の仕事に、実習経験・実務経験なしの65歳を採用するという点についてどう考えるべきか。」

「保育や福祉関係の現場では、人手不足の結果、だれかれ構わず雇わざるをえなくなっている。その結果、専門性の低下、組織崩壊や離職率アップにつながっている。」

うん、知ってる…これ知ってる!!!!!これまさに保育現場で経験したから!!!!!!!

これは本当に本っ当~~~~~に大問題だと常々思っていたことで、もっと広く知られるべきだと思っていたので、これを機に私が見て実感したことをここに書いておきます。

これは私が日本に一時帰国してワークビザを待つ間に地元の保育施設で働いていたときのことです。

私の地元は、海と山に囲まれた、特別大きくも小さくもない地方都市。国道にはニトリ、ショッピングモール、家電量販店、ファミレスが並び、昔からの住宅地には地主さんの畑や田んぼもまだまだたくさんあります。地元に残った数少ない若者の娯楽と言えば居酒屋、スマホ、ドライブ、ラウンドワン、セックスといったところ。車がないと何にもできません。公共交通機関は1,2時間に1本くらいしかなくて大変不便。平日の昼間に街に出ると、目にするのは老人ばかり。絵にかいたようなTHE・地方都市。

私が働いたのは、詳しくは書きませんが、地元企業の社内保育施設でした。利用者は社員とその子ども。0~4歳児くらいまで預かっていました。保育施設自体は委託業者によって運営されていました。職員数はカツカツで、その業者が運営する他の施設からヘルプ保育士を呼ばなければ回らないほどでした。そこで働いていたのが、A保育士です。

A保育士は、保育士の資格こそ持っていましたが、実務経験はありませんでした。年齢は69歳。もう一度書きます。69歳です。この年齢で初めて現場に出たそうです。資格を取得したのは、彼女が19や20歳頃のことです。約50年前のことです。もう一度書きます。50年前です。資格取得から現場に出るまで、半世紀経っています。それまでは主婦として子育て、家事、孫の面倒をみるなどしていたようです。彼女はいつも言っていました。「今までは家の中だけにいたけど、今はこうして外で働くことが生きがいなんだ」と。

しかし悲しいかな、そんな彼女のやる気に反して、職場での働きぶりは相当なものでした。悪い意味で。

まず69歳という年齢でどれだけ動けるか。保育士は体力勝負です。子どもを抱く、おむつ替え、活動準備、散歩、運動遊具のセッティング、食事準備、掃除…動いていないときなどありません。30代の私でもしんどいのに、彼女がこれらをこなすのは本当に大変。瞬発力がなく時間がかかりますし、動きが鈍く、危なっかしい。細やかな動きはできず、子どもを抱き上げる時は勢いをつけないといけないから、荷物抱えるみたいになります。「え、米俵⁈」みたいな動きで、ブンッ!!!!!!!!てSEつきそうな感じなのです。子どもを抱く時の配慮とかできる余裕はありませんし、おそらく頭にもないのでしょう(これは後述する専門性の面にもつながります)。さらに目も見えずらいので掃除、片づけが行き届かない。(たかが掃除に片づけ?と思われるかもしれませんが、食後の食べこぼしを掃除しきれておらず、アレルギー児がそれを拾って食べてしまったら?机の脚が外を向いていて、子ども転んでそこで目をついてしまったら?保育室の清掃は時には命にもかかわるのです。)暗い部屋で昼寝中の子どもが見えなくて足で踏んでしまう、散歩中に子どもの手をつないだまま横断歩道で道連れにして転ぶ…書き出すとキリがありません。

記憶力、理解力も衰えていますので、仕事の手順が分からなくなる、子どもの名前を親の前で間違え、間違えてることにも気づかないまましゃべり続ける、連絡帳に他の子どものことを書いてしまう、連絡帳を取り違えて他の子に返す(注:これらは個人情報なので絶対にあってはならないことです)、アレルギー代替え食の話をしていても意味が理解できない(注:アレルギーは命にかかわることです)…もうハラハラが止まりません。

そして保育士という仕事に欠かせない専門性。これが彼女には皆無でした。

プロは乳幼児の発達に配慮し、それに応じたあそびを提供し、活動を仕組んでいますし、活動準備にも大変細やかに配慮しています(これは北米と比べても胸を張って言える。日本の保育の細やかさは誇っていい。またどこかで書きます。)。年齢、発達、家庭状況、個の性格、・・・すべて踏まえて、個性豊かな子どもたちひとり一人に応じたかかわりをします。先に述べた抱き方もそうです。子ども、特に乳児が安心する抱き方は、愛着関係の形成にも重要です。米俵みたいにぶん投げたりしません。保護者対応も、プロはただなんとなく話をしているだけではありません。今日の保護者の様子はどうか、気分はどうか、子どもとの関係はどうかなど、細やかに気遣いながら、言葉を選びながら話をするものです。発達や難しい行動について話す時は特にです。

もちろん彼女にそんな意識はありませんでした。しかし残念ながら(?)なまじ子育ての経験があるもんだから、すでに時代遅れの知識を、自分よりも若い利用者である保護者に対して昔ながらの感性をもって“教えてあげる”のでした。

例えば“母乳神話”。

「最近の子はすぐ感染症にかかるでしょ。なぜなら母乳で育てないから、免疫がつかないの。やっぱり母乳じゃないとダメよ!」

そして“むしきり”。

「おかあさん、〇〇ちゃんは、むしきりに連れていきなさい。疳の虫がいるからかんしゃく起こして大泣きするし、イライラして他の子に噛みつくの。むしきりすれば良くなるから。」

・・・これは保育士として、プロとしてダメでしょう。母乳神話については人工ミルク育児と母乳育児が子に及ぼす影響に大差はないと既に言われているし、母乳育児しなかった、したくてもできなかったお母さんたちにとっては自分を責める原因になりかねません。かんしゃくやかみつきについては、その子の年齢の発達段階では想定される姿で、それに対するかかわりかたを保護者と共に考えるのが保育士の仕事です。むしきりについては、確かに鍼灸治療なども効果的と言われていますが、私たちは保育の視点で考え、保護者に伝えるべきです。でも彼女は、近所のおばあちゃんの感覚で話してしまうのです。

ここまで読んできて、「なんでそんな人雇ってるの?」「解雇すればいいのでは?」と思われたかもしれませんね。そこで最初のSNSのコメントに戻るのです。

こんな人でも雇わないと、現場は回らないのです。

児童数と保育士数の比率は各年齢ごとに決まっています。そこを満たすためには、資格保有者がその場にいることが必要なのです。その人がどれだけ使い物にならずとも、です。保育士資格がある人がその場にいる、ただそれだけで、受け入れられる子どもの数がいっきに増えます。特に民間経営保育施設は、会社として利益を出さなければ始まりません。話には聞いていましたが、ずっと公立で勤務してきた私にとって、初めての現実でした。

じゃあこの人雇って子ども受け入れたところで、上記したような実態があるのはどう対応してるの?

はい、他の職員が代わりにやるんです。保育それじたいができませんから、メインの保育はさせられません。個別の配慮が必要な子どもへの援助も、知識がないのでさせられません。製作準備も間違えたら全部やり直しなので、させられません。保護者対応、連絡帳記入は苦情につながるのでさせられません。

だから、他の職員が全部やるしかありません。本来そこにいる保育士数マイナス1で現場を回しているのと何ら変わりません。

「それって高齢関係なくない?新卒の新人だって同じじゃない?」と思われるかもしれません。確かに新人さんにベテランと同じ仕事はできません。それを求めるのは若手育成を怠ってるだけで、指導者の力量不足です。それで叱りつけたり仕事を与えないのはいじめやパワハラと同じです。

でもですね、20代の若者は少なくとも体は動くし目は見えます。記憶力も理解力もありますので、仕事を覚えます(個人の資質にもよりますが)。即戦力にはならずとも、少なくとも言われたことはできるでしょう。学校で学んだ座学の知識は、もしかしたら現場のベテランのそれより現代に応じてアップデートされているかもしれないし、新しい視点で物事を見る力は優れているかもしれません。これからの保育に繋がっていく、という希望があります。

「ではもっと若い保育士雇えばいいのでは?」という意見もあるでしょう。しかし、最初に述べたように、私の地元はしがない地方都市。ここにどれだけの勤労・雇用世代が残っているでしょうか?そして雇えたとしても、こんな劣悪な現場では、若い人材育成は限りなく不可能に近い状態でした。実際、大学卒業したての職員がおりましたが、彼女を育てる余裕は現場にありませんでした。本来は指導・運営の立場にある園長も、現場でメインで保育しないと回らないので、なかなかそこまでできない現実がありました。これは公立でもみられることでした。どこの保育現場にも共通することだと思います。専門性の後継ができない・・・なんともったいないことでしょう・・・。

この現実に直面した私は、もう絶望でした。若者を雇用することができない、人材育成できない、保育の質は保てない、専門性はどんどん低下する、気持ちに余裕がないから保育中もイライラ、子どもも落ち着きにくくなる、職員同士の軋轢も生まれやすい、そして劣悪な職場環境に体調を崩し心を病み、また一人、保育士は現場を離れていく・・・。

この問題の解決に、政府は子育て経験者を資格なしで雇用しようという考えを示しています。

ん?????????アホなの???????????????

子育て経験者でも保育士経験なしの人材が、専門知識なしにできる仕事じゃ決してないことはここまで読んでくれた人の目には明らかでしょう。子育てと保育の専門職は全然違うというのはこういうことです。世間から専門職へのリスペクトがないことに、私は心から憤りを感じています。

保育、保護者対応には関われない69歳のA保育士の主な仕事は掃除でした。その掃除も、行き届いていなければもう一度やりなおしてもらったりしたので、倍時間がかかりました。

それでも彼女はやめません。なぜなら、これが彼女の生きがいだからです。自分の娘より若い職員に怒られても、邪険にされても、働いて給料もらって、社会から“必要とされる”経験が、今まで味わったことのない何よりのよろこびなのです。

彼女はたまに、巷で話題のパンや、旅行のお土産なんかを持ってきてくれました。休憩時間に他の職員と分けて食べながら、ニコニコと世間話をしていました。その度に、私は大変申し訳ないような、複雑な気持ちになったものです。この人が一職員ではなく、近所の気さくなおばちゃんだったら、純粋に良い人として付き合えたろうに、この人の良い面は仕事では全く発揮されず、なんと残念なことか。

今の60代、70代は元気です。リタイア後も働く人、彼女のように主婦としての役割の他に、やりがいを見出そうと社会に出る人も少なくありません。若者が都市に流出し、出生率も上がらない地方都市の人口のメインを占めるのは、この世代なのです。今後もこの世代が、どんどん現場に増えていくでしょう。

高齢者が社会で活躍すること、それ自体は大賛成です。しかし、適材適所ということばがあるように、彼ら彼女らが力を発揮できる場でなければ、誰も幸せにはなりません。

65歳以上の新人保育士を、現場はどうやって生かし、使いこなすか?本人の経験や技術がないのはどうにもならないこと。でも、保育士不足で常に余裕のない目の回るような状況で、現場にそれができるか?正直私にはわかりません。

もちろん高齢保育士ひとまとめにして戦力外通告するつもりもなくて、個人の資質によっては、保育の現場で活躍される方もいらっしゃるかもしれません。でも、専門性を引き継いでいく、保育の質を保つ、高めていくという視点でみると、高齢の方が増えると次世代が育ちません。65歳からあとどれだけ働けるか考えると、長くて5年といったところではないでしょうか。結局は、保育士不足の人数合わせとして一時的に誤魔化しているだけに過ぎないような気がします。

SNS上でこんな意見も見かけました。「高齢保育士に現場はきついから、発達支援教室や子育て支援の先生などのポジションは可能性がある。」

すんません、支援なめてますか?私自身が支援のポジションにいた経験から言わせてもらいます。発達支援はそれこそ知識と経験がものをいいます。何か間違ったかかわりやアドバイスをすれば、その子ども、家族の一生を左右しかねませんよ。保護者支援はただ喋ってればいいんじゃありません。揺れ動く保護者の気持ちに寄り添い、辛抱強く話を聞く。そのうえで子どもの障害について、子育てについて共に考えるんです。並大抵のことではありません。資格とったらすぐ支援の現場で働けると思ったら大間違いです。


私は先の職場で3か月ほど働いただけですが、ここで見たことは、地方都市の高齢者人口増加、若者流出、保育士不足、保育の質の低下、これ全部ひっくるめた本当に切実な問題だと私は思っています。もっと政府レベルで論じられるべきだと思うのですが、「聞いてる?ねえオッサン聞いてる?聞けやボケええええええええ!!!!!!!」って感じです…。


保育士の待遇改善が行われることを心から願ってやみません。









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