熱戦の記憶 ~あの名馬を追いかけて~ 高松宮記念編 (2000年キングヘイロー)
有馬記念ぶりですね。
週末のG1の過去を振り返る番外編です。
競馬が、馬が大好きで仕方ない僕が、週末に行われるG1を対象に、
独断と偏見で一番好きなレースの年を回顧しています。
最近競馬始めたよという方や、一昔前の競馬を見たことが無いよという方には是非見てもらいたいです。
今の競走馬でも、血統表の2代3代上に名前がある馬などもいると思います。
知っている名前があると、物事って楽しくなりますよね。
競馬のギャンブル以外の観点での楽しさに気づいて頂けると僕としては嬉しいです。
今回は高松宮記念です。
キングヘイローが制した2000年を振り返っていきます。
このレースは98クラシック黄金世代を語る上で欠かしてはいけないレースですね。
「11度目の正直」
将来を約束されたかのようなエリート血統馬、キングヘイロー。
ただ、その競走生活は一流の血統とはかけ離れた泥臭いものでした。
期待を裏切り続け、敗北に敗北を重ね、何度も何度も転びました。
これは泥にまみれながら、それでも立ち上がって前を向くことを諦めなかった不屈の塊のような馬の、陣営のお話です。
2000年、高松宮記念。
この年は3強ムードが漂っていました。
1番人気は前年秋のスプリント王者、外国産馬のブラックホーク。
出世こそ遅れましたが、マイルまでの距離では抜群の安定感を誇り、勢いそのままにスプリンターズSでアグネスワールドを捕らえました。
冬開催だったこともあり、00年始動戦は阪急杯でこれを楽勝して見せると、今回の高松宮記念では王者として、秋春スプリントG1連覇を懸けて挑戦者を迎え撃ちます。
7歳を迎えても切れ味は健在。
今回の有力馬は3ヵ月前のスプリンターズSで勝負付けを済ませたばかりの相手で、ここでもかなり期待の大きい存在でした。
鞍上は横山典弘J。単勝オッズは2.2倍とかなりの支持を集めました。
2番人気は世界を制したこちらも外国産馬、アグネスワールド。
父ダンチヒのスピードを遺憾なく発揮し、3歳(旧表記:今で言う2歳)の頃から類まれなるスピードで6ハロン戦を主体に活躍。
骨折で長期離脱を余儀なくされましたが、5歳を迎えた99年に本格化。
夏の小倉6ハロンで連勝を果たすと、次に向かったのはなんとフランスの千直G1、アベイユドロンシャン賞。
これを62キロの斤量をものともせず快勝すると、国内に戻ってCBC賞を逃げ切り、暮れのスプリンターズSではブラックホークに差し切られ2着。
なによりもタフで、本当に骨折していたのか分からなくなるような、まるで遅れを一気に取り戻すかのような充実の5歳シーズンでした。
そして迎えた高松宮記念。
休み明けにはなるものの、相変わらずのパワフルな馬体は休み明けを全く感じさせない仕上がりで、ブラックホークと伯仲する存在でした。
鞍上は武豊J。単勝オッズは2.7倍とブラックホークと同等レベルの支持を集めました。
そして3強の一角、3番人気はというと、やはり外国産馬のマイネルラヴ。
4歳時から古馬と互角以上に渡り合い、タイキシャトルのラストランとなった98年のスプリンターズSではその1.1倍の支持をあっさり差し切る勝利。
2着のシーキングザパールも世界を制した女王で、かなりの価値のある勝利でその名を一気に知らしめるレースになりました。
ただ、その勝利によって期待が膨らんだ翌年99年はムラっぽい部分が露呈し重賞1勝のみ。
それでも、その唯一制したシルクロードSで負かしたのは、「後に世界を制するアグネスワールド」で、価値のある勝利でした。
迎えた6歳始動戦のシルクロードSはやはり精彩を欠き4着。
そして高松宮記念に駒を進めてきますが、実績そのものは全く引けを取らないのは明白でした。
ムラっぽいものの、走る時は走るので、人気をするのは当然と言われれば当然です。
鞍上は蛯名正義J。単勝オッズは5.4倍と食らいつきました。
ここまでが抜けた人気。
離れた4番人気になったのが今回の主役、キングヘイロー。
父は凱旋門賞馬のダンシングブレーヴ、母はアメリカG1を7勝した名牝グッバイヘイロー。
超がつくほどの一流の血統を持つキングヘイローは当然クラシックを期待された馬でした。
若き福永Jを背にデビューから無傷の3連勝、暮れのラジオたんぱ杯3歳Sでは馬体増が響いて2着と不覚を取るも、1番人気を背負った4歳クラシックトライアル、弥生賞はスペシャルウィークとセイウンスカイに離された3着。
ただ、この2頭と決して大きな差はなく、叩き2戦目で皐月賞に向かいます。
弥生賞とは打って変わって先行策を打つと、前を行くセイウンスカイの早仕掛けに遭うものの、直線は鬼気迫る末脚で前に迫りますが惜しくも2着。
それでもスペシャルウィークは完封していて、ダービーに向けて逆転は十分で、3強の構図が仕上がりました。
そして迎えた日本ダービー。
直線の長い東京ではスペシャルウィークに分があると判断したファンの支持で1番人気はスペシャルウィークでしたが、キングヘイローはセイウンスカイを抑えて2番人気の支持。
1枠2番と絶好枠に収まったことにより、若き福永Jに早くもダービージョッキーの称号が期待されました。
しかし、「頭が真っ白になっていた」と後に語る福永Jはスタート直後に位置を取ろうとして掛かります。
それを見たセイウンスカイ横山典Jは察して、キングヘイローにハナを切らせ、完全に潰されてしまいました。
直線入ると余力は全く残っておらず、セイウンスカイに交わされるとそれを並ぶ間もなくあっさり交わしてちぎり捨てたのは「しっかり折り合った」武豊Jスペシャルウィークでした。
セイウンスカイは4着だったものの、14着に破れたキングヘイローは全くもって対照的な大敗。
勝負の世界はいつだって残酷です。
一流の証明になるはずだったこの日をきっかけに歯車が狂い始めます。
その後は重賞クラスではある程度勝負になるものの、G1になるとワンパンチ足りない競馬が続きます。
種牡馬になるためにG1勝利は必要不可欠。
超良血をなんとしても後世に繋げなければいけない一心で、管理する坂口正大調教師は様々な条件を使いますが、やはりどれも結果が出ません。
ただ、距離を短くしたマイルCSで目の覚めるような末脚を見せると、更に距離を短くしたスプリンターズSでブラックホーク、アグネスワールドに続く3着。
それも、ただ一頭後方から物凄い脚で追い込んでいて、一筋の光が見えた99シーズン秋でした。
そして6歳を迎えた00年。
G1は10回目の挑戦になる始動戦はダートのフェブラリーS。
これをなんの見せ場もなく大敗すると、陣営の焦りからくる迷走が窺えました。
そして迎えた高松宮記念、11回目のG1挑戦。
鞍上はコンビ7戦目となる柴田善臣Jが跨ります。
坂口調教師の指示は「外に馬を置かずに大外一気」。
スプリンターズSはそれで届きませんでしたが、大外を回るロスを承知で一か八かの賭けに出る選択をして臨むのでした。
単勝オッズは3強とは離れた12.7倍でした。
5番人気はブロードアピールでしたが、単勝オッズは25倍と離れています。
露骨な3強ムードの中、一か八かの賭けに出るキングヘイローの11回目の挑戦です。
スタートはシンボリスウォード、アグネスワールドが好スタート。
ただ、最内の快速メジロダーリングが譲りません。
番手を確保したアグネスワールド。
ダイタクヤマトは行き切れず3番手、シンボリスウォードが4番手と前の隊列は枠番通りにあっさり決まります。
そして先行集団ですが、外にブラックホークが5番手と絶好位。すぐ内にマイネルラヴと3強は先行集団で運びます。
内からタイキダイヤが押し上げ、中団前目にトロットスター、ディヴァインライトは福永J。
更にスギノハヤカゼが外を追走してここからが中団。
内にトキオパーフェクト、そして内外離れた外にキングヘイローが注文通りのポジション。
後方集団は2馬身切れて内にブロードアピールが定位置。
マイネルマックス、外にスピードスター。
後方2番手にタイガーチャンプ、シンガリからストーミーサンディの展開です。
前半600mは33秒1とお決まりのハイペース。
レースを作るのはメジロダーリングと吉田豊J。
3.4コーナー中間地点で各馬早くも手が動き始めるタフな展開ですが、手応えの良さが目立つのは2番手のアグネスワールド武豊J。
抜群の手応えで4コーナーをカーブすると、外でブラックホーク蛯名正Jの手も動きます。対照的に動きが重いのが3強の一角マイネルラヴ。ブラックホークに置かれ始めます。
更に豪快に大外に持ち出したキングヘイロー柴田善Jは一か八かの直線勝負に賭けます。
メジロダーリングが先頭で4コーナーから直線です。
直線を向くと追い出されたアグネスワールドが瞬く間にメジロダーリングを交わして先頭に立つと、一発二発と武豊Jのムチが飛びます。
その後ろはインを突いたディヴァインライト福永Jが良い脚で上がってくると、外ブラックホークはなかなか伸びてきません。
その外にスギノハヤカゼも伸びてきて、大外から懸命に追うのはキングヘイロー、前まではまだ5馬身あります。
残り200m。
先頭はアグネスワールドが押し切りを狙いますが、内をスルスルとディヴァインライトが上がってきてアグネスワールドに並びかけます。
外でようやくエンジンが掛かったブラックホークが迫ってきて大混戦の様相。
後は少し置かれて前までは差があります。
そして残り100m。
内を突いたディヴァインライトがついにアグネスワールドを捕らえます。
そしてようやくブラックホークが一気の決め脚。
しかしここで離れた大外から明らかに他を凌駕する鬼脚で前を追っている馬が来ました。
キングヘイローです。
キングヘイローが飛んできました。
苦しかった2年間。
ちぎられた日本ダービー。
届きそうで届かなかったG1のタイトル。
どんなに敗れても諦めることなく、泥臭く追い続けた栄光のタイトル。
その夢まで残り50m。
あと2馬身。届け。
先に抜けたのは奇しくもかつてタイトルを共に誓った福永Jが跨るディヴァインライト。
目標にするように、一完歩ずつ差を詰めます。
かつて届かなかったブラックホークを、アグネスワールドを瞬く間に交わすと、
残りは20m。
ついにディヴァインライトに、福永祐一Jにハナ先を並べると、一気に交わし去ったところがゴール板でした。
優勝、キングヘイロー。
あまりにも大胆な、豪快な、執念の直線一気、豪脚一閃でした。
これまでの苦しかった日々を労うように柴田善臣Jは相棒の首筋をポンと叩きました。
レース後、坂口正大調教師は人目をはばからず大粒の涙を流しました。
これほどの馬で結果を出せなかったプレッシャーは相当なものだったと思います。
鞍上の柴田善臣Jも「諦めずに走ってくれた」と勝負根性の高さを隠しませんでした。
そして2着に敗れたディヴァインライト。
皮肉なことに福永Jが交わされたのはかつての相棒で、「いちばんいて欲しくない馬が前にいた」と悔しさをにじませるのでした。
3着は粘ったアグネスワールド、ブラックホークは4着でした。
種牡馬になることが叶ったキングヘイロー。
この一流の血統が繋がれたことによって、後に「怪物」が誕生することになるということはこの頃はまだ誰も知る由がありません。
これは日本競馬界にとってものすごく意味のある、価値のある勝利。
そんな00年の高松宮記念が幕を閉じるのでした。
G1馬の仲間入りを果たしたキングヘイローはその後も現役を続けるも、精彩を欠くものが続きました。
暮れの有馬記念を最後に引退すると種牡馬生活に入ります。
超一流血統ということで期待されましたが、直仔はカワカミプリンセスやローレルゲレイロが出たものの、やはりサンデーサイレンスのような結果を得ることは出来ませんでした。
ただ、1319頭に血を繋ぎ、その中の1頭に「シャトーブランシュ」という馬が誕生します。
シャトーブランシュは重賞でそこそこ活躍できるレベルまでで終わりましたが、繫殖に上がってキタサンブラックを種付けされると、そこから「怪物」イクイノックスが誕生しました。
この馬の成績は今さら話すことでもないですが、あの時の高松宮記念の勝利が無かったら、きっとイクイノックスはこの世界に出てくることは無かったでしょう。
イクイノックスも種牡馬入りを果たし、キングヘイローの血統は今後多くの馬に繋がっていくことでしょう。
キングヘイローにとっては、まさに夢を叶えた高松宮記念になるのでした。
2着のディヴァインライトはその後は善戦はするものの、大きな結果を残せずに競走生活を終えます。
福永Jを背にしてキングヘイローに差し切られるのはある意味ではとてもドラマチックなものですが、いつだって勝負の世界は残酷とも言えるものになるのでした。
3着のアグネスワールドはその後再び海外に飛び、イギリスのジュライCを制します。
国内のスプリンターズSでがダイタクヤマトの奇襲逃げに遭い2着でしたが、やはり6ハロンでは圧倒的な安定感を誇る馬として日本スプリント界を牽引するのでした。
4着のブラックホークはその後あと一歩届かないもどかしい敗戦が続くことになりましたが、それでも大きく崩れることはなく第一線で息の長い活躍を見せます。
そして迎えた翌年の安田記念で、豪快な差し切り勝ちを収めてターフを去るのでした。
いかがでしたでしょうか。
高松宮記念というと苦労人が報われるレースの印象です。
キングヘイローが一番ですが、ナランフレグ丸田Jの勝利もそうですね。
僕はその影響が強すぎての印象ではありますが。
やはり一番はキングヘイローの年でした。
さあ今年は混戦です。
近年は良い状態の馬場で行えることが少なく、週末も雨予報。
有力馬の中には道悪NGの馬もちらほら見受けられ、今年も一波乱あってもあかしくないですね。
3月24日。
春G1の開幕を飾るのは、6ハロンの電撃戦です。