銀座の純喫茶
何やらきな臭い話だった。聞くに「連帯保証人がどうの」とか「彼の弟の取り分が云々」という話。どこか酒焼けしているような、それでいて年にはやや不釣り合いにも感じる少し甲高い声の女性が、純喫茶のカウンターで滔々と隣の男性に話しかけている。男性は時折ぼそぼそと口を動かしているものの、それは人に聞かせるためというよりも自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる語り口であった。
やがてひとしきり、話し終わったのだろう。なんらかの結論に辿り着いたのかあるいは平行線で終わったのかは定かではないが、「そろそろ行きましょうか」と妙齢の男性が切り出すと、すっと席を立った。
「ここは私が」、「良いよ良いよ」「でもさっきもご馳走になったから」「いいからいいから」。そんな定番の会話がなされていたけれど、男性の言い方にはどこか諦めにも似た冷たさがあった。まるで「無駄な昼下がりを過ごしてししまったよ」とでも見切るような冷たさを感じた。はたまた、自分のことを金を出すだけの役割を与えられていて、そこに甘んじているにすぎないのだと、改めて勘づいたのだらうか。
足早に荷物をまとめ席を立ち、目を合わせることもなくレジへと急ぐ男性に遅れをとらじと、女性も後へと続く。レジの前でももう一芝居あった末に、どうやら予定通り、男性が支払いを済ませたようだ。「ご馳走様でした」という女性の少しばかりよそ行きの声が、聞こえてきた後、ドアの閉まる音が聞こえた。
口をつけられることがなかった男性のアイスコーヒーはすっかり氷がとけて、コースターをびっしょりと濡らしてしまっていた。