「雨と犬」
郵便受けを確認しに門扉まで行くと、視線を感じた。顔を上げると三軒ほど先に、犬が居た。
その犬は飼い主さんに雨合羽を着せてもらってはいるが、それでも土砂降りの中を散歩しているのでシャワーを浴びたみたいにびしょ濡れだ。なぜか、じっとこちらを見ている。僕もよく注意して見返すと先日の例の吠えた犬の一匹だ。飼い主さんは大きな傘をさしているので犬と僕が目をあっているのに気づいていない。僕はどうして良いかわからないので、試しに人間の友達に挨拶するみたいに、
「よう」
と片手を上げてみた。
すると犬は僕の機嫌を感じ取れたと思ったのか、ホッとしたのか、早足でこちらの方に歩き出して来た。学校のクラス替えで、新しい友達ができる時に似たような、お互いに少しだけ心のガードを下ろしあったような、でもちょっと出方をうかがっているような場面と似ているような気がした。
犬はリードをピンと張って速歩きで飼い主さんを引っ張りながら、うちの玄関スロープまでやってきた。飼い主さんは犬が急に他所の家に歩き出したので驚いていた。その犬は僕の足元まで来ると急にゴロンとお腹を見せて寝転がった。さすがの僕も、犬がお腹を見せて寝転がった、ということは友好の挨拶と感じたのでびしょ濡れのお腹をそっと触ってみた。
どこかの国の原住民から何からできているのかわからないスープを差し出され、飲まされている場面を思い浮かんだ。飼い主さんは僕の慣れない犬のあつかいを察して、びしょ濡れの犬を触らせて申し訳ないと直ぐに犬を引っ張っていった。
僕は少し雨に濡れてしばらく犬を見送った。そういえば、犬は触られても噛まなかった。そして、一言も吠えなかった。
今度会ったら名前を聞いてみよう。
僕は犬と友達になれそうな気がした。