第1章全文 無料公開 「クラブ」が原体験の重要性を教えてくれた (1/7) ~原体験は、ブレない「自分だけの軸」になる~
クラブ」が原体験の重要性を教えてくれた
僕がなぜ「原体験」に着目するようになったのか。それは自分軸のまったくない10代を過ごしてきたから。ブレブレの時代を経たからこそ、「原体験」の存在と重要性に気づけたのだと思っています。
10代のころ、僕には自分の軸がありませんでした。
チカイケ家は父、母、兄、私、弟の5人家族。父はいわゆる亭主関白で、家庭では誰も逆らえない絶対的な存在でした。母は男の子3人を育てた「パワフル母ちゃん」ではありましたが、父には従順。よくある「昭和の家庭」です。
3人兄弟の次男だった自分は、親からみれば「いい子」だったと思います。やんちゃな兄貴と頑固な弟のあいだで、「自分ぐらいは言うことを聞かなきゃ親がかわいそう」と思っていました。
だからといって、自分のやりたいことをひたすらがまんしていたわけでもありません。そもそも「自分がどうしたいか」がない子どもでした。将来の夢もやりたい部活もとくにありませんでした。進学したくもないのに、親に言われるがままに受験して失敗。予備校に通いはじめたもののパチスロざんまいで、見かねた父の会社に入ることになったのは、すでに述べたとおりです。
父の会社を辞め、デザインの専門学校に通いはじめた僕は、初めて自分の意思で学ぶ楽しさを知りました。友人からクラブのフライヤー制作を依頼されたのを機に、夜はクラブでVJ(ビジュアルジョッキー)の活動もスタートさせます。自分のデザインしたフライヤーを手に取ってくれる人や、自分のつくったビジュアルで盛り上がってくれる人がいる。自分の好きなことを学び、得意分野を生かすことができて、専門学校時代の自分はそれまででいちばん充実していました。
原体験の重要性を初めて知ったのは、
まさにその時でした。本書の「はじめに」でも登場した、クラブでuCCIさんと出合ったのがそもそものきっかけです。
uCCIさんは現在、プロデューサーやキャスティングコーディネーターとしてさまざまなプロジェクトに携わっています。僕がクラブで出会ったときはプロのダンサーとして活躍していました。ダンスがすばらしいのはもちろんですが、ユニクロのCMに起用されるほど、ファッションセンスが抜群。めちゃくちゃオシャレな人です。幼いころからの難聴があり、ふだんは肌色の補聴器を着けて活動をしていました。
ある日、uCCIさんと雑談をしていた僕は、彼が補聴器を人から見られるのをとても嫌がっていることを知りました。僕は純粋にその理由を知りたいと思い、uCCIさんにひたすら「なぜ?」をぶつけていきました。
チカイケ「なんで見られるのが嫌なんですか」
uCCI「人から見られるってことは、人とちがうってことだから。コンプレックスを感じるんだよ」
チカイケ「人とちがうってことにどうしてコンプレックスを感じるんですか」
uCCI「難聴っていう障害は人とちがうでしょ? 補聴器は障害を連想させるし。見られることで自分が障害者で、みんなとちがうことを否応なく意識させられるからね」
チカイケ「人とちがっているのはネガティブだと思っているんですね」
uCCI「まあ、そうだね」
こんなふうに僕は、uCCIさんが補聴器を見られるのをなぜ嫌がるのか、その理由をどんどん深掘りしていきました。
uCCIさんは前向きでアクティブで、ふだん僕らに難聴のことなど意識させない人です。それでも、補聴器や障害についてネガティブなイメージをもっていた。子どものころ、難聴のためにコミュニケーションをとるのを億劫に感じたり、いじめられて寂しかった経験をしていたからです。今は前向きでアクティブに活動しているからこそ、補聴器に目を留める人の存在によって、自分が障害をもっていること、人とはちがうことを強く意識させられるようでした。
補聴器を見られるのを嫌がる根底にあったのは、子どものころに難聴で嫌な思いをし、苦労したネガティブな体験だったのです。その体験があったがために、uCCIさんの中には「障害はネガティブなもの」「補聴器はネガティブな存在」という固定観念がしっかりと居座ってしまっていました。
僕は思いました。子どものころの嫌な体験は今さら変えることはできません。でも、大人になった今なら当時の体験をふり返ってその意味をとらえなおしたり、解決策を考えたりすることができます。当時の体験によってつくられた固定観念にとらわれていることをuCCIさんが意識すれば、それを外すことは可能なのではないか。「障害はネガティブなもの」「補聴器はネガティブな存在」という固定観念を外せたら、uCCIさんは人の視線を気にすることなく、もっとイキイキと活動できるはず──。そう考えた僕はこう提案しました。
「uCCIさん、補聴器がネガティブっていうイメージそのものを真逆にしてみません?」
こうして二人で考えたのが「デコレーション補聴器」です。
たいていの補聴器は肌色などの目立たない色をしています。それなのに人目をひいてしまう。それなら初めから見せることを考えてはどうだろう。補聴器を「隠すもの」から「見せるもの」へと変え、ポジティブな存在に変換させようと考えたのです。もともとオシャレなuCCIさんはその感性を存分に活かして、補聴器にスワロフスキーでデコレーションをほどこしました。
するとこの補聴器がかなりの話題となり、取材依頼が何件もきました。メディアでデコレーション補聴器が紹介されると、「同じものを自分にも作ってほしい」という依頼がuCCIさんに殺到しました。
きっとuCCIさんと同じようなことに悩む人はたくさんいたのでしょう。補聴器を使わないわけにいかないけれども、人からジロジロと見られるのは嫌。そんな思いを抱く人たちに、補聴器をポジティブな存在に変えたuCCIさんの姿が響いたのです。
僕がデコレーション補聴器をつくっても、ここまで社会の注目を集めることはなかったと思います。なぜなら僕には、補聴器に対する自分の体験や思いがなく、「自分ごと」になっていないから。きっとデコレーション補聴器を発表しても反応はうすく、共感もあまり得られなかったでしょう。
しかし、3歳から補聴器を使い続けてきたuCCIさんはちがいます。補聴器にまつわる体験やそこにひもづく感情を数え切れないくらい味わってきています。僕とは補聴器に対する思いや考えてきた時間がちがう。uCCIさんが補聴器について発信することは、僕とは比べものにならないほどの説得力と時間的な厚みがあるのです。
uCCIさんが難聴であり、補聴器を必要としていることは変えられませんしかし、今自分を苦しめている感情のおおもとにある過去の体験を意識すれば、現状を打開するヒントを見つけることはできます。
この、現在の自分にまで大きな影響を与えている過去の体験こそが「原体験」です。「原体験」を意識することは、自分の原点と現状を俯瞰し、未来をつくっていくことに大きな力を発揮するのです。
ただ、このころの僕は「原体験」という言葉は知りませんでした。uCCIさんとのこのエピソードが原体験の重要性を僕に教えてくれたのだと気づくのは、もっと後になってからのことです。
クラブでは、uCCIさん以外のアーティストからも僕は知らず知らずのうちに「原体験」の重要性を学んでいました。
VJをやっていると、出演アーティストのなかに「言葉が響く人」と「そうでない人」がいるとわかってきます。テクニックは人並みでも聴く側の心をガッチリつかみ、感情をゆさぶってくる人。一方、テクニックは抜群で洋楽っぽく聞こえてカッコいいのに、なぜか歌詞のメッセージがまったく伝わってこない人。そのちがいはどこにあるのだろう、と僕は不思議に思っていました。
あなたも、どこかのメディアか本からよい言葉をひっぱってきてブログで使ってみたはいいものの、読み手がイマイチピンときていない、予想より反応がうすいといった経験をしたことはないでしょうか? 自分が聞いたときはあれほどすごいと思った言葉や理論だったのに、自分が使うと、どうしてこんなにも人に届かないものになってしまうんだろう。そう思った経験は誰しもあるかと思います。
理由は、言葉の裏にある「原体験の有無」でした。
うわべだけの言葉はいくらたくみで美しくとも、オーディエンスの心にまったく響きません。自分の体験がない、うすっぺらな借り物の言葉だからです。一方、原体験に裏打ちされた言葉は、聞く側の反応を熱狂的なものに一変させます。
僕やオーディエンスは、もちろん個々のアーティストの原体験を聞いて回ったわけではありません。当時は「原体験」という言葉も知りませんでした。それなのに、アーティストの言葉の裏に本人の体験がひもづいているかどうかは直感的にわかるのです。
原体験にひもづく言葉は厚みや重みを感じさせます。同じ言葉でも使い方や文脈がちがうからオリジナリティを感じさせるのだと思います。原体験に裏打ちされた言葉と借り物の言葉とでは、伝わる力がまったくちがいます。借り物の言葉で書いたブログも、これと同じなのです。
→起業をめざし、サービスを考えるもすべて失敗(2/7)
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