Rain -Another Story of Tear-
これは、もう一つの物語。
もしも結末が違ったら、どんな物語になるのでしょうか。
途中までのお話はTearと同じです。
是非、Tearとあわせてお楽しみください。
あなたは、どちらの結末を選びますか?
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とある夜、とある村のとある魔女は孤独になった。
「もう、生き残った魔女は私だけ…」
人の中で魔女であることを隠して生き村を転々とする日々。
魔女は人より長生きだから、ずっと同じ場所にいては気づかれてしまう。
とある魔女は、歳を取っていないかのように変わらない容姿を気味悪がられる同志をを、魔女狩りに遭う同志を幾度となく見てきた。
長い長い歴史の中で、魔女狩りはあらゆる時代、あらゆる国で行われてきた。
はじめは普通の人間の1000分の一ほどの数いた魔女も、今やただ一人だけ。
最愛の姉は、魔女狩りには遭わなかったが病に侵されてなすすべも無く死んだ。
たった二人だけの生き残り。それでも力を合わせてがんばってきたのに。
孤独な魔女はぽろぽろと涙をこぼす。
200年ほど前の話だ。
後に滅びたとある国で、魔女は捕らえられた。
本当の意味で魔女と気づかれたわけではない。
魔女はそう確信していた。
牢の中に同士がいないことを魔女は感じ取っていたからだ。
戦争の最中、人すらも魔女とされ狩られる。
そんな時代だった。
「魔女」の処刑は残酷なものだった。
処刑台に立ち、拷問を受けたのちに罵詈雑言を浴びながら十字架に縛られ火炙りにされる。
そして、意識が途切れる直前になってやっと首を落とすのだ。
長い歴史で一度として人を傷つけなかった魔女たちを悪と決めつけ理不尽に罰し、
魔女とは何の関係もないただの人をも魔女とし殺す。
異論を唱えたものはすべて消された。
異色であることはゆるされなかった。
神の使いを騙る愚かな主権者たち。
彼らに操られる愚かな人々。
しかし魔女たちや罪なき弱い人々は彼らに怯えることしかできなかった。
ついに魔女も連れて行かれた。
あの処刑台に。
魔女は絶望した。
魔女はすべてを諦めた。
少しでも、苦しみが少なくなるように。
考えることを、感じることをやめた。
さよなら。
そう、そっと呟いたとき。
絶望した魔女は自らの手がなにかに引かれるのを感じた。
体が浮き上がったかと思うと、風を切るような速さで進む。
魔女がそれが何かを理解するのには少しの時間を要した。
逃げるよ!
その声を聞いて、魔女は我にかえった。
そして急激に理解した。
救い出してくれた。このひとが。
魔女はそう気づいた瞬間、目の奥が熱くなった。
心の底から、なにかが溢れだすのを感じた。
魔女狩りから誰かを救うことは、けして簡単なことではない。
救いに行ったことで、自らも手練の狩人に捕らえられてしまうかもしれない。
姿を見られてしまえば、逃げられたとしても見つかりやすくなる。
助け出した者が多くの人の目に触れていればなおさら逃げられる可能性は低くなる。
それでも助け出してくれた。
絶望していた魔女にとって、それはひとすじ射した希望だった。
あの時からずっと姉と慕ってきたひとだった。
血の繋がりはない。
生まれた場所も環境もまったく違う。
それでも魔女たちは、確かにあの日姉妹になった。
二人で暮らすようになってから、魔女であることを気づかれることはなかった。
それは大きな力をもたない故のことだった。
大きな力は魔女狩りをする者の目にとまる。
魔女を不気味とささやく者には気づかれてしまう。
自らの身を守る手段を逃げることしか持たない魔女たちは、
見つかったらもう、お終いなのだ。
それ故に生きてこられた。
それ故に救えなかった。
それ故に魔女狩りに遭わずにいられた。
それ故に病を治せなかった。
姉を失った魔女は、どちらがよかったのか、もはやわからなかった。
生きてこられたことも、
姉を救えなかったことも、
どちらも力がなかった故のこと。
皮肉でしかなかった。
未だ涙の止まらない魔女は、自ら命を絶つことを決意した。
もう、すべて終わりにする。
魔女の歴史も、ここで終わり。
誰にも知られることのない、静かな終わり。
それでいい。
歴史に残ることなんてなくていい。
ただ、早くもう一度あのひとに、あなたに会いたい。
魔女は、箒にまたがり窓から飛び出した。
力をもたない魔女には即死できる毒薬など作れない。
できることといえば弱い治癒薬を作ること、空を飛ぶことだけ。
魔女には、箒で空高く飛び、落ちることくらいしか思いつかなかった。
大きな満月の浮かぶ夜。
魔女は、今夜が十五夜と呼ばれる日であることを思い出した。
丸く輝くその姿は、まるでいつも笑いかけてくれたあのひとのようで。
魔女は引き寄せられるように月のそばまで高く高くのぼった。
そして魔女は箒の上に立った。
いま、あなたのもとへいきます。
ひとりにはしない。
これからもずっといっしょよ。
そっと心から月に語りかけて。
魔女はうしろに倒れ込んだ。
空が、月が遠くなっていく。
強い風の音がだんだん薄れていく。
魔女は自分の命が消えていくのを感じた。
でも不思議と、怖くはなかった。
あのひとに会えるのなら。
魔女は夜の森の中へと落ちた。
ガサガサとした大きな音に驚いた鴉たちが一斉に飛び立つ。
小さな影が一度魔女の様子を窺うように木陰から顔をのぞかせたが、ほどなくして何事も無かったかのように暗闇の中へ姿を消した。
夜の森に再び静けさが戻る。
魔女の唇の両端がゆっくりと上がる。
冷たくなったその頬に温かな涙がひとすじ零れた。
ついに、魔女の死は誰にも知られることはなかった。
それからひと月の間、雨が降り続けた。
まるで、魔女の悲しみを代弁するかのように。
それは、世界から魔女という存在が消えたことを告げるものだったが、人々はそれを知る由もなかった。
その長い長い雨に、栗の花もはじめは気丈に花開いていたが、やがて一つ、また一つとその身を散らしていった。
それから毎年、魔女が死んだ時期になると雨が降り続けるようになった。
その長い雨の季節をのちに人々は「栗花落」と呼んだ。
栗花落が明けて見えた空と虹は、とても美しいものだったという。
そして、長い年月を経て忘れ去られたその景色は、
今や月だけが知っている。