夏の日を撃ち抜いて
広島で行われた高校生の射撃の全国大会を舞台に少女の想いを描きました。
射撃はマイナースポーツですが興味を持ってくださる方がいれば嬉しく思います。
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いくよ。
私は愛銃に声をかける。
まかせて。
セスと名付けた相棒がそう応えた気がした。
全国高校射撃競技大会。
最終日、女子エアライフル団体戦の一番手。
ここでの私の役割は、
チームの為に撃つ。
ただ、それだけ。
今までにない緊張感の中、私はゆっくりと息を吐く。
失敗できない。
一発も、気を抜くことなど許されない。
広島の猛暑の中、室内でも流れ続ける汗を拭う。
上下に着た分厚く硬い射撃コートは、私の体力を今この瞬間も奪い続けている。
でも。
大丈夫。
私はニッと口角を上げる。
自信を持って笑顔で、楽しく全力で。
顧問に、コーチに、先輩に、教えてもらったこと。
射座の後ろを見ると、コーチは私に向かって大きく頷いた。
私も笑って頷き返す。
皆が私を信じてくれている。
だから。
やらなくてはいけない。
天井を仰ぎ胸に手を当てる。
深く息を吸う。
音を立てゆっくりと息を吐く。
パチン、とどこかで音がした。
よし。
私は愛銃を手にした。
肩を当てる。グリップを握る。左手を添える。
日々やってきたことを、一つずつ確認していく。
そしてぐっと持ち上げ体勢を作る。
硬かったはずのコートは、すっかり私のフォームに沿うようになっていた。
入れてやる。
ド真ん中、撃ち抜いてやる。
私を信じてくれる仲間のために。
そして何より、今まで努力してきた自分のために。
2年半を共にしてきたコートに背を預け、
私はゆっくりと銃に頬を付けた。
「悠!」
私を呼ぶ声で、私は我にかえった。
40発を撃ちきった私は、酸欠と軽い熱中症を起こしていた。
ふらふらとする私をコーチが支え、よくやった、と言った。
その言葉だけで、充分だった。
「先輩!」
射座から出てきた私に、後輩が声をかけてくれる。
大丈夫ですか、と代わるがわる私のもとへ来ては、
椅子を勧める。
塩分タブレットを渡す。
濡れタオルを首に巻く。
扇風機を設置する。
同期や後輩たちに目まぐるしく動き回られ世話を焼かれ、
とうとう大会のスタッフさんまで駆けつけてくれてしまった。
すでに目眩が治まってきていた私はぽかんとして、
思わず少し笑ってしまった。
わかってはいたつもりだったけれど、自分はこんなにも周りの人に支えられていたんだと、改めてそう思えて嬉しかった。
片付けを終えた私は仲間の待機する場所へ戻った。
「先輩、かっこよかったです」
「悠の試合見て勇気もらった、ありがとう」
「気持ちが入ってるのが伝わってきました」
「先輩すごかったです…!」
口々にそう声をかけてくれた。
顧問も私の方にやってきて、一本のペットボトルをくれた。
ポカリスエット。
それは、私の夏そのものだった。
「いい試合だった」
ただ、それだけ言った。
ポカリスエットの青が滲む。
私は、込み上げて来るものを抑えて
はい、とそれだけ言った。
この試合は、悔いが残らないと言えばきっと嘘になってしまう、
そんなものだった。
けれど。
私の姿が、仲間に響いたのなら。
私の想いが、仲間に届いたのなら。
それならいいと、そう思えた。
私は二番手の仲間を送り出す。
少し不安げな顔に、信じているからと笑いかけて、私より少し小さな後輩の背中をそっと押した。
ひとりじゃない。
それがいつか、彼女にもわかったらいいと思った。
試合はまだ始まったばかり。
外に出た私はポカリスエットを高く掲げて上を見上げた。
その青は、光に透かされ空へと融けていった。