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あの日の深夜のチャットログ
夜に「寝るための時間」以外の側面があると知ったとき、私の世界は何十倍にも広がった。
爆笑系FLASHで笑い、感動系FLASHでひとしきり泣いたあと、オープンβテスト中のボンバーマンオンラインにログインし、熱い対戦を繰り広げる。
ディスプレイの光で親に起きてるのがバレないように、ノートパソコンを布団に被せる。これが「夜」を私だけのものにする条件だった。
布団の中で目の前にあるパソコンは苦しそうにファンの音を鳴らしたが、私にとってその音は、まるでコックピットで聞こえるエンジン音のように気分を高揚させるものだった。
frameタグやmarqueeタグで構成された当時のWebサイトは、まるでブックマークを頭にも植え付けたかのように私を何度も呼び戻した。
いわゆる恐怖系FLASH動画のみをまとめたリンク集である「恐怖の館」というサイトも、私にとってそんな魔力を持つサイトのひとつだった。
黒い背景に赤い文字。「ここにいてはいけない」と思わせるようなレイアウト。学校でも、テレビでも見ることができない異質さがそこにはあった。
ところで、このサイトにはCGIチャットも常設されていた。
当時よく使われていた形式のチャットで、チャットに参加しなくても現在の入室者が外側から確認することができるものだった。
あまり入室者がいる印象のないチャットルームだった。しかし、ふとチャットルーム表示を見てみるとチャットの参加者表示が「参加者(1)」になっている。
中に誰かが一人でいるのだ。この深夜に。
深夜のホラーサイトのチャットルームに1人で居る謎の人物・・・ディスプレイに表示されているその事実は、私の知的好奇心を刺激するのに十分すぎるものだった。
もし相手が暴言や意味不明な文字列をひたすら送信する「荒らし」だった場合、チャットルームを退室すればいい。
私は自分にそう言い聞かせ、チャットルームに入室した。
『chikachika』 が入室しました。
chikachika > こんばんは^^
kyoka > こんばんは
kyoka > ここ使ってるひといるんだ
chikachika > あんまり使ってる人みないですよねw
chikachika > いつもこの時間にいるんですか??
kyoka > んーん、私はたまたま
chikachika > そうなんですね^^
kyoka > 怖いフラッシュすき?
chikachika > 好きです!ビックリ系とかわかってるのに何回もみちゃいます^^;
kyoka > いいね
kyoka > 私は明確に人を怖がらせる意図がないのに怖い作品がすき
chikachika > なんか、わかる気がします!
kyoka > 言語化ってね、意外と力技なんだよ
kyoka > だから適切な感情表現に一番近い「怖い」っていう言葉をやむなく使ってるけど、本当はもっと複雑なんだよね
kyoka > でもたぶん作品って、言語が不完全だからこそ存在するんだとおもう
不思議な感覚だった。こんな時間のチャットルームだ。正直、全然会話にならないことも想定していた。
にも関わらず、淡々と話をする彼女(彼?)の言葉には、どこか引き込まれるような魅力があった。
彼女とは、FLASHの話や2ちゃんねるの話から、最近流行ったコンピュータウイルスの話まで、いろんな話をした。
おすすめのサイトもいくつか教えてくれて、予想外に楽しい時間を過ごした。
「世界最強の危険リンク集」の話になったところで、無言の時間が続いた。時間が時間なので寝落ちしたのかなと思っていたら、しばらくしてチャットは再会された。
kyoka > 今言ったサイトもね、このサイトも、なくなるよ
chikachika > え??
kyoka > ここに限らず、なんなら技術ごとなくなってっちゃう
kyoka > セキュリティとかね、いろんな問題があるんだよ
kyoka > でもね、終わるだけじゃないよ
kyoka > あたらしいものも生まれる、これもすごい早さでね
chikachika > ・・・?
kyoka > そんな変化の中で、あなたはまだまだネットでいろんな人に出会うだろうね
chikachika > それって、どういうことですか・・・??
kyoka > わたしはもうここには来れないだろうけど
kyoka > 多分いつかまた会うよ
・・・!!
その時、布団越しに足音が聞こえた。母親だ!私は反射的にノートPCを閉じ、寝たふりをした。
・・・母親がトイレから戻り、ベッドに戻っていったのを確認し、再びノートPCを開けたとき、すでに彼女はチャットルームを退室していた。
kyoka > メタバースで会いましょう
チャットルームのログには、この1文だけがひっそりと書き加えられていた。