セクト・ポクリット「コンゲツノハイク」【2022年6月】 12句選
もういちど生まれておいで桃の花 小笠原黒兎(「炎環」)
小さな生き物を弔っている場面を思い浮かべました。桃の花の素朴なやさしさが効いています。
おぼろ夜をひとりで行ける所まで 前田登美子(「円虹」)
ひとりでは遠くまで行けない子どもか、身体が不自由なひとを思い浮かべました。朧夜の月のぼんやりとしている様が不気味でもあり優しくもあります。
涅槃絵図胸の赤子を抱きなほし 五島節子(「火星」)
涅槃絵図を前に胸の赤子を思わず抱き直す。赤子を守る者の本能を感じました。感情を動作で表したところが巧みだと思いました。
鎌倉や鷹鳩と化しサブレーに 伊藤伊那男(「銀漢」)
鳩サブレーは言わずと知れた鎌倉の銘菓。鷹が鳩になっただけでなく、サブレーにまで化けてしまうとは。力の抜けたユーモアが魅力的です。
指先の酸素濃度値春愁 大和寿美子(「澤」)
パルスオキシメーター句。「指先の」と部位を絞ったところがよいです。漢字が続く無機質な雰囲気もどこか不気味です。
戦艦の海市を過ぎるとき赤し 角谷昌子(「磁石」)
黒い戦艦が海市を過ぎるときは赤く見えるところに意外性があります。かつての日本の戦争と、いま世界で起こっている戦争を思いました。
風花や童謡流す灯油売り 石井雅代(「青山」)
灯油販売車から大音量で流れてくる童謡のメロディーはあまり趣のあるものではありません。風花との取り合わせは物悲しさを助長するよう。とても好きな世界観です。
ふらここのここのあたりに腰掛くる 上野犀行(「田」)
「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」(坪内稔典)の堂々たる本歌取り。「こ」の音の連続が軽やかで楽しいです。
原石と言はれそのまま卒業す 塚本一夫(「天穹」)
思わず笑ってしまいました。「原石」というのは褒め言葉ではありますが、都合のよい言葉でもあると思います。
豆撒の鬼は頭を撫でてゆき 竹岡俊一(「ホトトギス」)
鬼の中の人の、こども好きな性格が現れている場面。連用形で終わる形も、その後の鬼の動作や頭を撫でられたこどもの反応を想像させます。
花満ちて電車の中の冥くなる 松野苑子(「街」)
満開の桜の中を通る電車が本当に暗くなるわけではないですが、わかる感覚です。「暗い」ではなく「冥い」というのも、神秘的な世界を連想させます。
ぬひぐるみ撫づる子を撫づ浅き春 矢野玲奈(「松の花」)
日常のちょっとした入れ子構造に気づいたところが可笑しいです。季語に寂しげな気持ちが滲んでいるようです。
小笠原黒兎さんの句への鑑賞をこちらに寄せました。