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蒼海5号すきな句


蒼海5号は2019年9月発行。おもに春から初夏の句が掲載されています。

以前仲間内のmixiで書いていた句評です。

玉葱の香の指に繰る自省録  堀本裕樹

「自省録」は二千年近く前にかかれたマルクス・アウレリウスの哲学書。すこし難解な本を開いて、自らの内面と対話するような時間に発見した指の玉葱の香り。玉葱を刻んだりして料理を作り、食べて、ほっと一息ついて読書をしているのかなと思いました。庶民的な玉葱がいいなと思いました。

清明や長女に花の名を一字  杉本四十九士

時候の季語とパーソナルなことがらの取り合わせに意外性がある句です。清明という響きのように、清らかで明るい子に育って欲しいという思いがこめられているような。娘ではなく、長女とすることで、ほかの兄弟姉妹や家族の姿をより想像しやすくなるのかなと思いました。

夏雲や触れて覚ゆる樹木の名  杉本四十九士 

自然愛が感じられる句。作者が長野県在住という情報を込みで鑑賞したいです。小学生の田舎での夏休みと考えてもよいと思います。季語の夏雲がとてもさわやかで、「触れて覚ゆる」という措辞の鮮度がよいと思います。

美しき肋集ひて水遊  白山土鳩 

肋がみえているので、男性ですよね。何人か集まっているのだから、中学生か高校生でしょうか。肋だけに焦点を絞ったのがとにかく秀逸です。なんていうかBL(ボーイズラブ)っぽいです。土鳩さんは蒼海1号から毎号に名句がありすごいなぁと思います。

血と糞とポマード匂ふ闘鶏師  三橋五七

血と糞とポマードという異質の三つのものがどれも匂っているというカオス。ポマード匂うって、ふつうはわりと揶揄した言い方だけれど、血と糞に並べられることで、迫力がでてきて闘鶏師の姿が立ち上がってくる。主宰の選評にある「ダンディズム」はこの句を見事に言い表しています。

母の日に子となりにゆく故郷かな  登坂由希

 母の日に実家に帰る。もう立派な大人だけれど、母にとって自分はいつまでも子ども。故郷を離れて暮らすすべてのひとたちが共感する句ではないかと思います。また、自分が子でいられるのだから、まだ親は健康で頭もしっかりとしていると想像できます。おおらかな下五がいいですね。同じ作者の「春燈に雨やはらかき針のごと」「うろうろと試し書いたるごと蜥蜴」も独自の比喩が魅力的な句だと思いました。

スパイスカレーに絞るライムや春浅し     三師ねりり

ねりりさんの食べ物句はいつも秀逸です。スパイスカレーの複雑な香りとライムの爽やかな香りが混じり、春浅いころのきらきらした空気のなかでライムの絞り汁が飛んでいる。余談ですが、カレー句会というのをいつかやってみたいです。何種類かのカレーとごはんとナンを用意。兼題「カレー」の句会のあとはカレーパーティというものです。

母の母その母のこと春の川  西木理永

 ことばの力で魅せている異色の句。「は」の音も繰り返しがとても美しいです。春の川が一本の家系図に重なります。自分のなかにある女性性の肯定ともとれます。季語「春の川」があたたかくておおらかで、絶対に動かないと思いました。母性遺伝であるミトコンドリアの遺伝配列を調べて人類の母系の家系をたどるとあるひとりの女性にたどりつくというミトコンドリアイブ説を思い出しました。

陸奥の海女浮き上がるたび口説かるる     福嶋すず菜

 海岸から海女さんに熱視線を送る男性陣と、それを冷静にみている作者の目を感じました。浮き上がるたびに毎回違う複数の男性に口説かれているのかなぁと。浮き上がるたびに口説かれても、また海に潜れば忘れてしまいそうです。同じ作者の「暖かや巻き髪にして農婦くる」「すててこの色にも一家言のあり」も、とても笑えるのと同時に人間のドラマが感じられてすごく好きな句です。

初夏や足の届かぬバーの椅子  会田朋代

 「か、かわいい……」と思わず声に出してしまった句。バーの椅子に足がつかなくてぶらぶらさせている小柄な女性。足が地についていないことで心がふわふわとして、すこし緊張しているように想像しました。しかし初夏という季語によってこれからいろいろと楽しいことが起こりそうな予感もあります。

噴水のしぼむたび駄々乳母車  板坂壽一

 乳母車にのった赤ちゃんが、噴水がしぼむたびに駄々をこねるというかわいい句。「駄々」という言い切りがなんとも斬新です。濁音が多いのも、赤ちゃんの元気さや騒がしさと響き合います。一度覚えたら忘れないリズムのよさも魅力です。

入学の豆腐のような教室よ  郡司和斗

 入学式のあとに誘導される教室。掲示物や水槽や花瓶のまだない、まっさらで無機質な教室。さらにそこに入れられた学生もまたお互いに未知の、まっさらで味のない豆腐のような存在。それにしてもなんと独自性のある比喩。まわりの学生とは距離をとって、一句をつくってひとり満足している作者がみえるようで面白いです。

浅履きの靴下脱ぐる夏はじめ  杉澤さやか

 浅履きの靴下(くるぶしソックス)って、たしかにすぐ脱げますよね。そして靴下をくいっと引き上げながら、また夏がきたことに思いをはせる。あるあるネタを俳句に上手に取り込まれていて、こんな俳句が作りたかったと思いました。

荷風忌や元夫と逢ふ陶器市  和田萌

言葉はシンプルだけれど、たくさんの情報が無理なく入っていてすごい句だなと思いました。別れてしまったけれど、陶器市で逢うのだから趣味が同じなのですね。気まずいのか、それともわだかまりなく話しているのか。おたがい一人なのか、別のだれかといっしょなのか。それを読み解くヒントは「荷風忌」。永井荷風は商家の娘や芸妓と結婚するもすぐに離婚。妻帯し家族をもつのは創作の妨げになるとして一人暮らしを貫いたそうです。挙句では、お互いにいまは自由な一人暮らしを謳歌していて、さらっと挨拶をして別れたのかしらと思いました。

詩は書架をこぼれてそこらじゅう春光     加留かるか

 天井まで本がぎっしりとつまっている書架に梯子がかかっていて、それをのぼって好きな本を手に取りページをめくると、本のなかの文字のひとつひとつがこぼれおちて書架をうめつくし、きらきらとした春の光があたっている……。一句を読み下すと同時に映像が一気に立ち上がりました。言葉への愛と信頼を感じました。字余りによって、文字がいつまでもこぼれ続けているような余韻がうまれます。

カーネーション母へ母ではない人へ  曲風彦

 つくらない句会に出した一句です。保育園や小学校の母の日のイベントで、こどもがカーネーションを自分の母のほかに、先生や地元の老人ホームのお年寄りなどの「母ではない人」にも配っているのだと思いました。「母ではない人」という突き放した冷静な言い方が冷静で面白いです。自分が小さいころ、「どうしておとなってこういうことをこどもにやさせるんだろう。いやだな」と思っていました。でも自分が大人になったら、やらせてしまうんですよね。かわいいから。同じ作者の「ゆく春や遺影囲める祝ひ膳」も、田舎のあっけらかんとしたお葬式を想像できて好きな句です。

自転車と乗りたるフェリー風光る  佐藤涼子

 なんとさわやかで気持ちが良い句。横須賀の港を思い出しました。自転車が旅のおともなのですね。風光るがとても効いています。まだ寒い海風、天気がよくて海面がきらきら光っている。最高に気持ちよさそうです。

書けぬペンばかり彼岸の警備室  内田創太

 警備室のペンが書けぬものばかり。警備員のゆるさ、やる気のなさを表現していておもしろいです。たいした事件も起きないから、寝ていたり漫画を読んでいたり。季語「彼岸」の取り合わせが面白いです。お寺の前の警備室と考えてもいいし、彼岸を死後の世界と考えて、もしそこに警備室があり、それがやる気がないものだったらと想像してもいいと思います。

卯の花腐しユニットバスの黄ばみゆく 小谷由果

昔住んでいた家のせまいユニットバスを思いました。ユニットバスのプラスチックの変色は都市生活の哀しさの象徴のようです。卯の花腐しという美しい季語との取り合わせで、詩に昇華されたことが素晴らしいと思いました。

品薄の棚より春蚊出てきたる  福田健太

 春蚊の出現で、春の訪れを知るのですね。その舞台は無機質な製品倉庫。(Amazonの倉庫でしょうか。)現代的な句で好きです。

マーガレット約束せずに待つてみる  松本恵

 一読して少女漫画のようなきらきらしたフレーズにやられました。マーガレットが少女漫画雑誌の名前というのも偶然ではないでしょう。恋のきらきら感がストレートにでていて好きです。

黄に白に宮家のドレス青葉風  守本卓実

 宮家という素材をよむのはこのご時世すこし難しいような気がするのですが、この句はストレートに宮家の華やかさを讃えていて印象に残りました。黄、白、青というはっきりとした色の対比もまた清々しいです。

恋心のどにつまらせかたつむり  杉本流々

 恋心をのどにつまらせるというありそうでない表現が新鮮でした。季語「かたつむり」も駄目押しのようにつまっている感を演出していておもしろい配合です。「こじらせている」という表現がぴったりです。

春耕の時計がはりのラジオかな  種田果歩

 ラジオを流しながら春の畑仕事をしているのですね。屋外でのラジオを詠んだ秀句だと思います。のんびりとした雰囲気がとても好きです。

東京の古書店巡り若葉風  犬星星人

日記を俳句にしたような雰囲気がありシンプルで好きな一句です。東京に来てまず古書店巡りをするという作者の感性にとても好感がもてます。若葉風という気持ちのいい季語が合っています。

抱かれるとまだ嫌がりし子猫かな  笹島成美

 わたしは猫に詳しくないのですが、子猫ってそういうものかと妙に納得しました。そして嫌がっているところをみるとすこし興奮してしまう気持ち……?でしょうか。自分にまだ懐いていない子猫を愛しく思っていることをうまく一句にされているなぁと思いました。猫好きの方にも意見をきいてみたい句です。

青春は砂漠の果てのしやぼん玉  橘まさこ

 青春、砂漠、しやぼん玉。強い言葉どうしの配合であり、意味がわかるようなわからないような句なのですが、妙に印象に残りました。自分の作りたい句を作るという作者の意気込みを感じました。

南風少しシャッター開いてをり  岡本亜美

 状況を淡々と描写しているだけなのですが、夏の気持ちの良い空気感を感じました。シャッターという素材がいいですね。開放感があります。

春の川座布団干して屋形船  澁谷洋子

 休憩中の屋形船でしょうか。これは春の川が動きませんね。のどかな東京の下町の景色。よいです。

東京からと言ひ慣れて旅桜東風  吉野由美

 旅先の方々に「どこから来たの?」と何度となく聞かれて、「東京からです」と何度も答えるうちに、だんだん旅先の土地にも人々にも馴染んできた様子が想像できます。旅、桜東風というリズムもいいですね。ミクシーでの由美さんのコメントをいま見てみたのですが、群馬県出身なのに「東京からです」と答えることに最初は戸惑っていたけれどもう慣れましたということなのですね。その気持ちよくわかります。

たけのこや子だくさんでも男前  楠木文鳥

 大家族でも家がきれいだったりすると、「大家族なのにすごい」と思うことがあります。それに似た感覚なのかなと思いました。子だくさんでも男前。身も蓋もない言い方だけれど、みんな案外こんなことを考えているよなと思いました。季語「たけのこ」の取り合わせも素直で好きです。

鳥肌をたてて笑ふや磯あそび  霜田あゆ美

 鳥肌をたてるほど笑うのは大学生ころまではよくあった気がしますが、今は3ヶ月に1回あるかどうかくらいかなぁと思いました。げらげら笑っている磯遊びの景がみえてとても楽しい句です。

卒業や靴を磨いてくるる父  村上瑠璃甫

一人暮らしをしているとき、田舎からでてきた父がわたしの靴を磨いてくれたことを思い出しました。季語「卒業」がいいですね。卒業と同時に家を出ることもあるかと思います。娘を思う父の気持ちにじーんとなりました。

春の雪師はジーンズで退官す  穐山やよい

 いつもジーンズをさらっときこなしているかっこいい大学教授を想像しました。退官だから60歳くらいでしょうか。そのくらいの年齢の方のさっぱりとしたジーンズの着こなしと春の雪のとりあわせがすてきです。余談ですが、小澤實さんで脳内再生されました。

愛犬のイヴは陽炎大空へ  望月総子

 俳句としてどうこうではなく、作者の愛犬イヴを想う気持ちがストレートに伝わってきて迫力のある句です。イブではなくイヴと表記しているのも迫り来るものがあります。鼎談で日下野由季さんが蒼海について「一番印象的だったのは、堀本裕樹のコピーみたいな人があまりいないってこと」と話していて(P 60)、望月さんのこの句も蒼海の多様性をあらわしているなぁと思いました。

最後に拙句をひとつ。

吃音のウエイトレスや風光る  千野千佳

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