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セクト・ポクリット「コンゲツノハイク」【2022年7月】 12句選

耕してこの世の水を昏くする 武田伸一(「海原」)
耕すことにより水は土に濁って昏くなる。耕すという行為の本質は地球破壊だと言われているような気もしてくる。

水脈崩し合ふこともなき春の鴨  杉阪大和(「銀漢」)
お互いに関わりをもたずのんびりしている様子がいかにも春の鴨に似つかわしい。否定形がうまい。

吹出しの形の付箋山笑ふ 出海純子(「櫟」)
漫画のふきだしの形の付箋、たしかにあるなと思った。付箋をみてふっとゆるんだ心が季語と響き合う。

書くうちに出てくるインクヒヤシンス 依田善朗(「磁石」)
たしかにそういうボールペンとよく出くわす。あれが俳句になるのかという驚きがある。「インクヒヤシンス」と続けて読むとすこし面白い。

くうるりとなほる逆子よ春隣 吉田祥子(「磁石」)
「くうるりと」のオノマトペが楽しい。妊娠中は予想外のできごとが多くあり、逆子のそのひとつ。当事者はあまり心配しすぎず、自然となおってくれるのを待つしかない。季語に希望がある。

鯉包む濡れ新聞紙花曇 鈴木只人(「秋麗」)
鯉を新聞紙で包んだ感触、鯉の胴体に濡れた新聞紙が張り付いている映像がありありと浮かんでくる。花曇のなまあたたかい空気もあいまって、気持ちのわるい句で好き。

零歳の桜百回分の一 南沙月(「鷹俳句会」)
人生で桜をみる回数をシンプルに句にしたことで、読者に考えさせる句になっている。零歳が百歳まで生きる前提なのが明るくていいと思った。

春泥や引き返すならこの辺り 黒田長子(「たかんな」)
春泥を引き返すことを考えている句というのはめずらしい。人生において引き返すべきタイミングを図ることは案外多い気がする。

くちびるを汚さずに喰ひ柏餅 原隆三郎(「南風」)
柏餅は葉からするりと剥がれて気持ちがいい。手もほぼ汚れずに食べることができる。くちびるに注目したところに色気がある。

緑陰や手持ちぶさたの占ひ師 中坪光江(「ふよう」)
お客さんが来なくて手持ち無沙汰なのだろう。占い師の人間らしい一面がでていて面白い。緑陰が怪し気。

春暁の喉ふによふによと父が逝く 金丸和代(「街」)
「ふによふによ」がすごい。父の死を俳人の目をもってみつめる。なかなかできることではないと思う。

春服や獣も我も骨は白 矢野玲奈(「松の花」)
骨を介して獣と我との共通点を見つめる。ドキっとする句。季語の明るさが句の怖さを助長する。

吉田祥子さんの句への評をこちらのサイトに寄せました。


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