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【エッセイ】「あーい とぅいま てーん!」

今の職場でパートを始めて1年になる。
家具やインテリア用品をひっくるめて扱う大手企業の販売店である。

そこで、私はあらゆる生活雑貨の品出しや売り場の整理、接客を担っている。
採用された時、
「商品を棚に並べたり、お客様対応が主な仕事です」
と、社員さんから言われた。
私は、やれると思った。雑貨が大好きなのだ。
最初に、棚に食器を並べたり、在庫の無い商品を、棚下の引き出しから出して並べる作業を任された。
いろんな雑貨に触れられるだけで幸せを感じた。
入荷した商品を空いた棚に並べ、売り場を作っていく作業は、想像よりはるかに楽しい。
日を追うごとに、私に任される仕事の幅が広がっていった。伝票や見積り書を作ったり、レジを任されたり、セルフレジのアテンドをしたり。覚えることも増えていく。
売り場では、お客様からひっきりなしに声をかけられる。
例えば、モップはどこにあるのか、枕の使い心地を試したい、シーツを広げて大きさを見てみたい、ゴミ箱を一緒に選んで欲しい、この鍋に合うふたはどれか、ベランダで使うスリッパはあるか、在庫切れの掛け時計を取り寄せて欲しい、ここに無い炊飯器は他の店にあるか、など扱っている商品全てについて、聞かれたり頼まれたりする。
不意を突くような、しかもバラエティーに富んだお客様からの要望に、すぐさま的確に対応することは至難の業だ。
困った時は、シーバーで質問をしたり応援を呼んだりするのだが、私は、イヤホンの声がうまく聞き取れなくて、これまた厄介なことになる。聞き直しても聞き取れないとき、私の中は石でできた人のようになっている。その様子をお客様から見抜かれ、
「わかる人呼んで」
と、言われてしまう。
ある日、こんなことがあった。
イヤホンから、
「商品を一緒に探して欲しいお客様が、サービスカウンターにおられます」と聞こえてきた。私は、「行きます」と返事をして、すぐにサービスカウンターへ向かった。そこには年配の女性が一人、椅子に座って待っていた。お客様から探したい商品を聞き、
「ご案内します」
と軽く会釈をして、お客様の先を歩いた。
後ろの方から、
「足痛いのに歩かさんでも」
と言うお客様の声が聞こえてきた。私はにこやかな顔を作って振り返り、「もう少しです」
と伝えてゆっくり歩く。
「私を連れて行かんでも、あんたが持ってきてくれたらええんや」
「サービス悪いな、この店は」
その声に私はちょっとだけイラッとしたが、足を止めて振り返り、
「申し訳ありません」
と軽く頭を下げて、もっとゆっくり歩いた。
「気の利かん店員や」
老人の声が背中に刺さった。
やっと私は、お客様を商品の前にお連れした。
お客様から、
「これちゃう、何聞いてるねん!ここまで歩かせて、どういうつもりや!!」と、どやされた。その時、

「あーい とぅいま てーん!」

私は、頭の中でこう叫ぶ男の声を聞いた。
突然聞こえてきた突き上げるような男の声に、私は自分の中で何かが溶けていくのを感じた。
「あーい とぅいま てーん!」は、お笑い芸人のギャグだ。
ネタの後にこの言葉を張り上げ、それまでの失敗をチャラにする、というかその話を終わらせる。
無責任だと感じなくもないが、私には深い言葉のように感じられた。
私の仕事場では、いろんな出来事がパラパラ漫画みたいに止まることなく流れていく。
良いことも悪いことも、突拍子のないことも。終わったとたん、次の場面が始まっている。
失敗を繰り返してはいけないし、間違いは正さなければならない。理不尽だと感じることもある。
それだけではない。嫌なことを言われ、腹が立ったり落ち込むこともある。だけど、それをしていても、私の職場ではあまり意味がない。起こったことをないがしろにするのではなく、気持ちを切り替えて次へ進む。

「あーい とぅいま てーん!」

これで良い。
新しい場面がまた始まった。


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