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母を泣かせたひと言
もう25年以上の付き合いになる、仲の良い女性の友だちがいる。彼女は礼儀正しく、人柄も良い。しかし彼女からときどき聞かされる、彼女の子どもの話には耳を疑うことがある。
息子と娘がいるのだが、2人ともかなり口が悪い。
母親に向かって、
「うるさい、クソばばあ!」
なんてのは、日常茶飯事。時には、もっと口汚く罵られることもあるらしい。
たしか今息子が専門学校生で娘が高校三年生ぐらい。母親に向かってこうした暴言を未だに吐いているのかはわからないが、わりと最近までそんな話を聞いていた。親子関係がわるいわけではなく、たまに一緒に出掛けたりもしている。良く言えば、友だち同士のような関係性なのだろうか。他人の家庭に口を挟むことはしないが、やや理解し難い。
このnoteで述べた通り、オレは正真正銘のバカ息子だ。まだここに書いてない親不孝なバカ息子エピソードは山ほどある。しかしそんなオレでも、母に汚い言葉を投げつけたことはないし、特別反抗的な態度をとった覚えもない。
ただ、母に対して「あんなこと言わなければ…」と後悔していることが3つある。そのうちの1つが中学生のときの母のスカート事件だ。
あまり何度も書くのは両親に申し訳ないのだが、オレの育った家庭は決して裕福ではなかった。中の下ぐらいだろうか。そんなだから、小中学生の頃小遣いは少なく、頻繁にいろんなものを買い与えてもらったということはない。
それでも休みの日にはよく遊びに連れて行ってもらったし、学校で惨めな思いをしたこともない。十分オレのためにお金を使ってくれていた。
ところが…。中学生ぐらいだったと思う。何を欲しがっていたのかも覚えていないが、オレは母に何かをねだっていた。〇〇を買って欲しい、と。何度訴えても母の答えは変わらない。NOだった。
「よそはよそ。うちはうち」
日本の家庭でよく聞くこの台詞。オレの家でもその言葉は度々出現した。
いつもは渋々我慢していたオレだったが、実はこのやり取りの少し前にあるものを目にしていた。それは母が買った新しいスカートだ。まったく高級品ではない。スーパーマーケットの衣料品売り場で購入したものだった。なぜそれがオレの頭の中にあったのか。答えは簡単。母が新しい洋服を買うなんてことが珍しかったからだ。
親の心子知らずとはよく言ったもので。母におねだりを却下された中坊のオレは、つい口走ってしまった。
「なんで買ってくれへんねん。いつもお母さんは自分のものばかり買って!」
もちろん事実は逆だ。母は自分のものなどほとんど買っていない。共働きでずっと仕事をし、節約するところは節約し、オレと姉には不憫な思いをさせないよう精いっぱいのことをしてくれていた。にもかかわらず、あの言いぐさ。
次の瞬間、母は悔し涙を流しながら、オレの言葉を否定した。
「あんたなんでそんな言い方するの…。お母さんはずっと自分のものは後回しにしてきたのに」
最後の方はうまく言葉になっていなかったように思う。
オレは母が泣いたのをそのとき初めて見た。オレが泣かせたのだ。
ちなみにそれ以降も母が泣いている姿はほとんど見たことがない。あのときのバカ息子の心無い台詞はそれだけ母を傷つけた、ということだろう。まぁオレもショックではあった。まさか母が泣くとは思わなかったから。
今でもこのときの発言は後悔している。しかし…。これだけではないのだ。オレには他にまだあと2つ、母を悲しませた言動がある。いや、オレが覚えているだけであと2つだ。もしかしたら自覚してないものがいっぱいあるかもしれない。ふぅ…、我ながら情けない。
世のお母様方に聞いてみたい。毎日一生懸命働いて家のことも頑張って、常に子供を第一に考えているのに。それなのに肝心の息子や娘はそのことに感謝するどころか、理解すらせずにズレたことを言って責めてくる。そんなオレみたいなバカ息子がいたら悲しくなって当然だろうなぁ。
冒頭で女友達の家庭について理解し難いと言った。まるでオレが子どもだった頃の方が、良い子であったかのように。だが、たったひと言でも相手を深く傷つけることはある。たとえ汚い言葉遣いでなくても相手を理解していない言葉は暴力と一緒だ。オレがエラそうに言えた立場ではなかった。
母との思い出を振り返れば振り返るほど、オレのバカ息子ぶりが際立ってしまう。