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ちいかおと申します。よろしくお願いします。(2回目)

はじめのご挨拶

おはこんばんにちは。Resoleオンラインサロン、22年8月入会のちいかおです。もういくつ寝るとリソ杯ですね!たっっのしみ~!!!!!
今回は「私が前回のリソ杯から、この一年どんな風に生きてきたのか」を語りたいと思いまーす!(ちなみに「前回のリソ杯までにどんな風に生きてきたのか」は、下のnoteに書いています。もしよろしければ、こちらも読んでもらえたら嬉しいです♡)

今年のトピック


ちなみに前回のリソ杯から一年、私にどんなトピックがあったかと言うと
①昨年末:フォトウェディング
②昨年末:1月から始めた京角先生のパーソナル最終回
③4月:義理の家族の介護スタート、義理の家族の入院
④4月:娘が新しい保育園に転園
⑤6月:インナージャーニー(前世療法、インナーチャイルドに会う)を受ける
⑥9月:かのちゃん(かのまんさん)の合宿参加

と、こんな感じです。こうやって書き出してみると、結構色々あったねぇ~。
今年の目標は「やりたいことは悔いなくやろう!」です。特に「自分の内面と向き合えたり成長させられそうな機会は絶対に逃すな!!」と思って過ごしてきました。

①はひたすら楽しかった!!コロナが流行り始めた2020年の年始に入籍したので、結婚式は挙げてなかったんですよね。今思うとそれが良かったな。フォトウェディングは自分のやりたいよう、好きなようにさせてもらいました。(夫に大感謝!)場所も衣装も小物も音楽も、ぜーんぶ自分で選んだ。そして何より、京角先生のパーソナルに通った成果で出来上がった身体でドレスを綺麗に着れたことが、とっっても嬉しかったです!!京角先生、その節は本当に本当にありがとうございました!

②は①のために通い始めたけど、昨年末で一区切りつけました。(現在も数ヶ月ごとに細々と通わせていただいてますが)本当は時間とお金さえあるのなら、毎週でも京角先生の下で筋トレしたいよ〜!一生!!そのために働くし、宝くじを買い続けてます!

③は語り出すと何万文字あっても足りないので割愛。ただこの件については夫が一番大変で、それがある中で育児もしっかりしてくれている夫を尊敬してるし、感謝でいっぱいです。

④は波はありつつ、それでも娘は比較的元気に通ってくれています。先生方も頼もしく優しい方々ばかりでありがたいです。(大小さまざま色々あるけど、どれも成長に大事だと腹を括るしかないと思っています。あと絶対に一人で悩まない。夫や先生に共有と相談が大事~。私がキャパが狭いので、すぐいっぱいいっぱいになっちゃうからね)
⑥はね、もうこれは別に書きます…今年中にはさ!でも書き上げちゃうと、合宿のことが本当に過去のことになっちゃうような気がして寂しくて書けないでいる!!!ただ一つ言いたいことは、かのちゃん、レタスクラブさん、合宿を開催してくれて本当にありがとうございました。行ってよかった。楽しかった。合宿のことは絶対に走馬灯で見ると思います。

最後に。⑤のインナージャーニーについてですが、これはもう、受けて本っっ当に良かったなと思っています。(みかんありささん、その節は本当にありがとうございました♡)
これを受けたおかげで「うまく表現出来ないけど、何となく生きづらい、違和感のようなものをずっと感じている」感覚が、ほとんどなくなりました。
数年前にカウンセリングを学んだ経験から、以前よりだいぶ自分と向き合うことが出来るようになってきたので、自分の正直な気持ちにも気づきやすくなってきたと感じていました。しかし、まだ何かが詰まっているというか、ブレーキがかかってるような気もしていました。インナージャーニーでは、そこを引きずり出してもらったと思ってます。
私の中の奥の奥の奥にいた私。引きずり出してもらった私は、私を愛してくれていないと30年近く誤解し続けてきた父に対して「あなたの子どもだということを、私は誇りに思って生きているんだよ!だって大好きなあなたの子どもだもの!!」と叫び続けていたみたいです。
これを知って「なるほど。こんな純度100%で親を愛し、愛されていると知っている私がいるから、私が私自身を否定することに対して、こんなに嫌悪感を抱くのか」と納得しました。
またインナージャーニーを受ける中で、父に対しては本音を言えるのに、母に対して本音が言えない自分がいることを知れたこともとても大きな気づきでした。

母と私

そしてここからは「母と私」について話したいと思います。

現在41歳の私ですが、30歳を過ぎた頃「この世で一番大切な人は誰?」という質問に対して、ガチで「母親」と答えるぐらい、母のことが大好きでした。しかし、私が自分自身を否定し始める原因となったのは「お父さんはね、あなたが生まれた時に“なんだ女か”と言ったのよ」という母の言葉を繰り返し聞かされてきたからでした。この言葉を真に受けた私は、30年近く、自分は父に愛されてないと誤解したまま育ちました。

そうやって30を過ぎた頃、今の会社に入社しました。そして、今の上司と出会いました。私はこの上司に出会ったおかげで「人(親)を悪く思ってもいい」と、自分に許可をすることが出来るようになりました。(それを口に出したり相手に伝えるかどうかは別の話ね)特に両親については「愛されていないのでは」と不安を抱えながらも、私は両親のことが大好きで「親を悪く思うこと、不満を持つこと」自体が、すごくいけないことのように感じていました。でも初めて上司と面談をした時、母から聞かされてきた言葉を話すと「じゃあ今度、お父さんに会ったら私が蹴っ飛ばそうか」と言ってくれました。その言葉にすごく救われた気がしました。涙が止まらなくて、自分はこの言葉にこんなにも傷ついていて、父に対して怒りや憎しみや悲しみを持っていると自覚が出来た瞬間でした。
そして面談の最後、上司に「あなたの話を聞いていると、お父さんというよりお母さんに問題があるんじゃないかと思うんだけど」と言われました。でもその時の私には、それが理解出来ませんでした。咄嗟に「母も初めて生んだ自分の子どものことを否定された気がして、辛かったんだと思います」と上司に伝えたことを覚えています。

それから数年後、結婚をきっかけに、私は気が付きます。
私の母は、意識的なのか無意識なのか分からないけど、私が母以上に幸せになることを面白く思っていないことを。
私を否定するラスボスは、実は“母”だったということに。

例えば結婚指輪。母は父から婚約指輪も結婚指輪も貰えず、結婚指輪は母自身が父の分まで用意したそうです。私が婚約指輪と結婚指輪を貰った時に、「絶対に別の贈り物でお返しをしなさい」と何度もしつこく言ってきました。それがあまりにもしつこかったので、なぜ何度も言うのか聞いてみたところ、最初こそ「お返しするのが礼儀」など真っ当そうな理由を言っていましたが「私がもらえていないのに、あなたがもらえるのはおかしい。だからお返しは絶対するべき」というような思いが伝わってきました。そのため、それ以降は指輪について私から話題にしないようにしています。

他にも夫の家で暮らし始め、母との距離が出来たことによって、母のことを冷静に見たり考えたりすることが出来るようになりました。
まず私が傷ついてきた言葉ですが、私が生まれた時に父が発した言葉(ちなみにこれは、後々に父ではなく祖母の言葉だったと知る)を繰り返し伝えてきたのは“母”です。母自身がショックを受けたとしても、娘である私に伝える必要はなく、それを私に伝え続ける母は配慮が無さすぎるのでは、と思うようになりました。(私が母の立場だったら、娘にそれを伝えるだろうか?答えはノーで、墓場まで持っていきます)
ある日、私と母の共通の知人に、繰り返し聞かされてきた言葉で私がずっと傷ついてきたことを(私のいないところで)母に伝えて貰った時、母は「そんなに娘が傷ついているなんて思わなかった」と言ったそうです。それを聞いて、上司の言葉を思い出しました。

私が面談の最後で咄嗟に母のことを庇うような発言をした後、上司が「そうやって人がどう考えてるかを優先して自分の気持ちに蓋をするんじゃなくて、自分は傷ついたんだと、傷を傷だときちんと認識しておきなさい。そうでないと、あなたが人にその傷を負わせてしまうから」と教えてくれました。まさにこのことだ、と思いました。

母は結婚後に不妊に悩んでおり、数年かけてやっとのことで私を妊娠したと聞いています。そんな状況で、せっかく生んだ我が子に対して「なんだ女か」と言われたのは、とてもショックだったに違いありません。もちろん飽くまで私の想像で、本当のことは分かりません。しかし、母はこのことを未だに自分の傷だと認識できていないのではないか、と考えるきっかけになりました。

また母から繰り返し言われることで、傷ついてきたことがもう一つあります。
私は小学生の時にいじめられていました。父が転勤族だったので、運よく途中で他県の学校に転校することが出来ましたが、ストレスでとても太ってしまった時期がありました。それについて「あの時にどんどん太って大きくなったわよね。びっくりしちゃって」と母に何度も何度も言われてきました。
先日この話が出た時に「その話を聞くの、シンプルに不快。二度しないで欲しい」と母に言いました。言えました。何故その話をするのか、私が傷つかないと思っているのか母に聞いたところ「あなたには何でも言えちゃう。あなたなら分かってくれると思うから」という言葉が返ってきました。
私はここで、母は私に甘えてるのだということに気づきました。そして、母の生い立ちについて思いを巡らせてみました。

母は次女です。しかし長女の伯母(母の姉)が小さい頃から病気がちだったため、いつも母が頼りにされていたらしく、祖母(母の母)の愚痴を全部聞いていたのは母だったそうです。
その中でも衝撃的だったのが「祖父(母の父)は、本当は祖母の妹と結婚したかった」という話でした。その事実は母にとって、とてもショックだったと思います。私も、自分の父が「本当は母と違う別の人が好きで、その人と結婚できなかったので母を選んだ」と聞かされたら、とても悲しいです。
母自身も「この子なら分かってくれる。何を言っても許される」という呪いを祖母から受けていたのです。多分、そんな呪いにも似た思いをかけられ続けると、子どもは「お母さんはかわいそう。私が、私だけは味方にならなくちゃ」と思うのではないでしょうか。
私も小さい頃は、母から祖母(父の母)の愚痴や家の金銭事情など赤裸々に聞いていたため、漠然とそんな風に思っていた気がします。
今年はそんなことに気付くことが出来た一年でした。

今も現在も、母のことは嫌いではないです。嫌いになれないです。大好きなんです。小さな頃から大切に育ててもらってきたと感じることもあるし、現在も育児のことで沢山助けられている。
けれども!自分が傷ついてまで、母の全部を受け入れなくていい。嫌なことは嫌だと、はっきり伝えていい。
母のことを「かわいそうな人、だから私が傷ついてでも守ってあげなければいけない人」と思わなくていいんだと、考えられるようになりました。

そんな風になれたのは、Resoleの運営・トレーナーのみなさん、サロメンさんをはじめ、家族や会社や周りの人たちに、自分を大切にすることの大切さを教えてもらったからだと思います。
また、自分で自分と向き合いたいと過ごしてきたからかな。
よくがんばったね、私。もう大丈夫だよ。今までごめんね。そして、諦めず生きててくれてありがとう。

今年のリソ杯について

体重に関しては、昨年末のmin値から8kgぐらい増えてるし(のびしろしかねぇな。わっはっは)着てみたい服のサイズが着られるようになるのもまだだけど(ほんとはね、ちゃんももさんみたいになりたいの。ちゃんももさん、リソ杯お越しになるかなぁ。会えたら嬉しいなぁ)
今年のリソ杯は全身全霊で楽しみたいと思いま~す!!テーマは「私の好きなもの(今×昔)」です!キキララの「ララ」と「クロミちゃん」モチーフの概念コスプレです!
クロミちゃんは元々娘が好きだったんだけど、最近「♯世界クロミ化計画」というのが進行していて、その内容がクロミちゃんのように「もっともっと自分自身を好きになれる世界にしたい!」という想いがあることを知ったので、これは推すしかねぇなと思いました♡

こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします☆




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