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【ネタバレ注意】映画ドラえもん のび太の南極カチコチ狂気山脈大冒険

※このエントリは公開当時アメブロの個人ブログに前後編に分けて公開したものですが、1つのネタを2本に分けるのがどうにも収まりが悪く感じたので、改めてここに1本にまとめて再編集しました。アメブロ無料版は「タイトルは40字まで」「本文はHTMLタグも含めて4万字まで」という字数制限が設けられているんですよね。Youtube動画やアフィリエイトを埋め込んだら4万字なんて誰だって使うだろ!アメブロは改行しまくり中身スカスカ短文ブログ専用のサービスかよ!長文書かせろ!ということで今後は長文になりそうなレビュー記事はnoteに書くことにします。

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映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」は、2017年3月に公開された「映画ドラえもん」シリーズ通算第37作目の長編映画です。映画封切前より公開されていたトレーラー動画が異様に謎めいており、私はなんとなく「ドラえもん版狂気山脈(狂気の山脈にて)では?」と予想していましたが…

結論から言うと…
予想的中

公開当時、取り急ぎざっとした鑑賞後の感想をツイートしたところ、思いがけずTogetterにまとめられ、さらに思いがけないことにバズった挙句某悪名高いまとめサイトに転載されるなんてハプニングもありました。

本作は「ちょっとラヴクラフトっぽい雰囲気を漂わせている」というレベルではありません。明らかに元ネタです。南極の地下に眠る旧支配者の古代遺跡、巨大なタコのような怪物、古代の遺物を拾った日から不穏な夢、不吉なペンギンの姿をした何にでも化けられる怪物、幸運の五芒星、氷雪をまき散らす巨躯の怪物…確信犯だろ
こう書くとさぞ禍々しいSAN値直葬映画ではないかと思うかもしれませんが、本作の上手い点は、それらのラヴクラフト要素が見事に藤子F先生健在時の作風の再現にもなっているうえに見事に伏線を回収して危機を乗り越え、ハッピーエンドでしめくくり、安心して見られる子供向け映画として成立していることです。ラヴクラフトにドラえもんを混ぜるなんてまさに狂気の沙汰ですが、結果的に藤子F先生っぽさの再現に成功しているってどんな奇跡でしょうか。

学習コンテンツとしてのドラえもん

だいたい藤子F先生健在時の大長編ドラえもんには、月刊ムー的オカルト要素や精神の根元に訴えかける恐怖演出が仕込まれているものでした。アフリカの奥地に前人未踏の秘境がある(大魔境)、バミューダトライアングルにアトランティス大陸にムー大陸(海底鬼岩城)、地底に恐竜人が住んでいる(竜の騎士)、宇宙、パラレルワールドと、オカルト&スピリチュアル雑誌「月刊ムー」に掲載されていそうな眉唾オカルトがベースになっているストーリーがやたらと多いのです。「魔界大冒険」の石になったドラえもんとのび太、「パラレル西遊記」の怪物になったママ、「日本誕生」のバラバラになっても蘇るツチダマがトラウマになったドラえもんファンも多いのではないでしょうか。しかし藤子F先生はそんなオカルト&ホラー要素をブチ込む一方、それらと絡め化学、生物学、地理学、物理学、歴史、考古学などを子供にも分かりやすく説明し知的好奇心を喚起する仕掛けもふんだんに盛り込んでいました。例えるなら学習雑誌「科学と学習」と「月刊ムー」をどちらも出版していた学研のようなものです。残念ながら「科学と学習」は廃刊してしまいましたが。
本作におけるそれは、「南極」およびその地下に眠る「古代都市」です。古代都市は禍々しいほど雑多で恐怖を煽るデザインのように見えますが、よ~く見ると彫刻や石積みがアステカ・マヤ・アンデスといった南米の文明の様式を元にしたデザインであることが分かります。後述しますが、この古代都市は遥か古代に宇宙の彼方の惑星より飛来した「古代ヒョーガヒョーガ人」が築いたもので、ドラえもん達がいる時間軸から10万年前には既に無人となり正体不明の怪物のみが跋扈する廃墟になっているのですが(その理由は最後まで明らかにされない)、ここから「南極を放棄して南米大陸に移住した古代ヒョーガヒョーガ人が南米文明の礎になった」と想像することもできるわけです。もう深読みがはかどって仕方がない!また、氷山がいかにして形成されるか?スノーボールアース(全球凍結)仮説とは何か?○○光年って何?といった「子供にはちょっと難しいかな?」と思われる科学的知識もドラえもんやゲストキャラの口からサラリと説明させます。そう、もともと藤子F先生健在時のドラえもんはこんな「子供に手心を加えない」作品だったのです。子供には難し過ぎるかもしれない、子供には怖過ぎるかもしれない、といった要素を敢えて情け容赦なくブチ込み、子供の心に何かを残すという。例えその時はイマイチ理解できなくても、観た後に親と一緒に「あれは何?」と話し合うことで確かな知識になるかもしれないし、もし親も分からなかったとしても、成長して本を読んだり勉強して知識・教養を身に着けた後「あれの元ネタってこれか!」と気付き、成長した後もさらに楽しめるかもしれない。そうした「一生付き合える作品」としての魅力がドラえもんにはあるのです。なお、本作に関しては「初めてラヴクラフト作品に触れたのはドラえもんでした」という子供を大量生成しているわけで、かなり罪深い作品と言えます。

ブロマンスとしてのドラえもん

過去に感想ツイートに書いたとおり、本作は「ラブストーリー&ハッピーエンドの綺麗な狂気山脈」で感動やメッセージも抑え、全編壮大な冒険が楽しめる娯楽作品です。誰と誰のラブストーリーかって?そりゃもちろんドラえもんとのび太に決まってます。ドラのびの絆は2013年のオリジナル映画「ひみつ道具博物館」でも描かれましたが、「ひみつ道具〜」は「楽しい博物館での謎解き話と見せかけて実はドラえもんとのび太のブロマンス」でほのぼのしていたのに対し、本作は旧支配者が築いた禍々しい古代都市の中で変な怪物に追いかけ回されSAN値を削られながらブロマンスなので緊迫感が違います。

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でもご安心下さい。今回は作画が非常に綺麗で、ドラえもん達もモフモフむちむちして超絶キュートなので削られたSAN値の分は”かわいい”で取り戻せます。
藤子F先生健在時の大長編ドラえもんでは、冒険感とのび太の成長譚を際立だせるためか「ドラえもんの無力化」が行われます。何かのアクシデントでポケット(もしくは主要な道具)が使えない、ドラえもんとのび太が引き離された、ドラえもんの道具を以ってしても勝てない敵や解決できない問題がある、ドラえもん自体が壊れた、など。この時ドラえもんは保護者から被保護者の立場となり、逆にのび太は被保護者から保護者となってドラえもんを助けます。言わば大長編ドラえもんに於ける真のヒロインはドラえもん、対するのび太は王子様です。本作ではドラえもんは何時にも増して初期不良のポンコツぶりを発揮し、保護者というより「一緒にバカをやるドジな悪友」的キャラです。うっかり道具を忘れ、些細なことも思い出せず、重要なところで役に立たず、そのせいで中盤とラストに全員死亡の危機に陥ります。まあクトゥルフやニャルラトホテプやイタカを相手にしてるのだからポケット使い放題でもどうにもならないのは仕方ありませんが、そんな絶対絶命の状況をのび太が打破しドラえもんやみんなを助けます。ドラえもんのポンコツっぷりとラヴクラフト要素を掛け合わせたらのびドラブロマンスになったってどんな掛け算でしょうか。

ラスボスがまんま巨神兵でデイダラボッチな件

既に多くの方が指摘していることですが、本作はかなりジブリっぽい作風でもあります。それを顕著にしているのはゲストキャラ「カーラ」と「ヒャッコイ博士」をはじめとする「ヒョーガヒョーガ人」およびラスボス「ブリザーガ」の設定です。遥か昔、古代ヒョーガヒョーガ人はあちこちの惑星に植民都市を築くほど高度な文明を持っていましたが、なぜかその文明は滅び、現代ヒョーガヒョーガ人(といってもドラえもんの時間軸からは10万年前)にその技は全く伝わっていません。そこで現代ヒョーガヒョーガ人は母星のヒョーガヒョーガ星を拠点にかつて先祖が築いた文明の遺跡を発掘調査することによって技術を発展させてきました。ところがある日、地下に眠っていた旧文明の遺物「ブリザーガ」をうっかり掘り出して目覚めさせてしまい、そのせいで母星のヒョーガヒョーガ星すら人の住めない場所になってしまいました…ってこれ、原作版「風の谷のナウシカ」ですよね。

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ブリザーガは氷雪を吐き出すイタカ的な怪物ですが、本来はテラフォーミング用の人工生物(?)で、古代ヒョーガヒョーガ人は人が住めそうな惑星を見付けてはそれを使って人為的にスノーボールアース(全球凍結)とそれに続く進化爆発を起こしていました。巨神兵が火の七日間ならこっちは氷の七日間です。となると「風の谷のナウシカ」の「腐海」に相当するのは氷で、カーラとヒャッコイ博士はナウシカとユパ様ということになるでしょうか。

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ヒャッコイ博士の愛用ガジェットがスチームパンクデザインなのもツボ。

おそらく、あからさまにジブリに寄せたのも製作陣の”狙い”ではないかと思われます。巨神兵は人間が作ったものなのに制御不能に陥りしっぺ返しが全て人間に戻ってくるという「人間の業」のメタファー的な存在です。ブリザーガも、本来は惑星をテラフォーミングし住みやすい場所にする存在のはずなのに暴走してヒョーガヒョーガ星全体を氷漬けにし、現代ヒョーガヒョーガ人たちは散り散りに惑星外へ避難せざるを得なくなります。カーラとヒャッコイ博士は故郷を元に戻すため、ブリザーガを制御する失われた技術を求めて古代ヒョーガヒョーガ人の植民都市を調査している研究者ですが、その調査の過程でまたもやうっかり南極に眠るブリザーガを起こしてしまいます。予想外のアクシデントで何かが制御不能になり、そのせいで環境が破壊され住民が故郷を失うという描写を今やることが何を意味するかは、もはや言わずもがなでしょう。しかし本作はメッセージを全面に押し出そうと思えばできるのに敢えてそれをしていません。せいぜい「分かる大人が分かればいい」程度。そして「分かる大人」が引っかかるもう一つのジブリ的要素がブリザーガのデザインです。

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これは当時のモンストコラボのスクショですが。

半透明の体に模様ってこれ「もののけ姫」の「デイダラボッチ(シシ神)」そのまんまですよね。まあデイダラボッチも巨神兵から派生したキャラクターだという話をジブリの関連書籍で読んだことがあるので、結局全ての元ネタは巨神兵ということになりますが、デイダラボッチが「命を奪いもするし与えもする自然=荒ぶる神」のメタファーであったことを考えるとこのキャラクターデザインにも合点がいきます。というのも、ブリザーガが引き起こすスノーボールアース(全球凍結)という現象こそが「命を奪いもするし与えもする」ものだからです。惑星全体が凍結すれば当然原生生物は大絶滅しますが、それでも全ての生物が死に絶えるわけではなく、生き延びた生物は氷が解けた後に爆発的適応拡散を起こします(詳しくはWikipediaあたりを見て下さい)。つまりブリザーガは巨神兵が象徴する「人間の業」とデイダラボッチが象徴する「命を奪いもするし与えもする自然」の双方を併せ持つキャラクターとも解釈できます。そうなると今度はゴジラとテーマが被ってしまうのですが、皮肉なことにラストが「シン・ゴジラ」によく似ているのです。制作期間を考えるとおそらく偶然だと思うのですが、厄災をふり撒く存在を殺して排除するのではなく「封じる」作品が続くって何かの因縁ですかね?

教訓話としてのドラえもん

前述のとおり本作は冒険を全面に押し出し感動やメッセージを抑えていますが、それでも何かしらのメッセージを見出すとすれば、それは「人間は良くも悪くも懲りない」ということです。ヒョーガヒョーガ人は文明を滅ぼし、うっかり故郷を凍結させ、さらにうっかり他所の惑星をも危機に陥れたりと懲りずに何度もどえらい失敗をやらかします。それでも生き延び、明確には描かれませんがカーラとヒャッコイ博士がヒョーガヒョーガ星を蘇らせたことがラストで示唆されます。こうした「懲りずに何度も失敗するけれどもやはり懲りずにまた立ち上がる」のはオリジナルのドラえもんおよび藤子F先生の作品全般に流れる不変のテーマです。それを最も明確に表しているのがてんとう虫コミックスドラえもんプラス5巻に収録されている名作「45年後…」です。

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45年後から現在にやってきた中年のび太は、子供ののび太にこんな言葉を贈ります。このテーマを盛り込んだことも、本作をF先生健在時の作風にしている要因の一つだと思います。

↑「45年後…」はこの小学館てんとう虫コミックス「ドラえもん プラス」の第5巻に収録されています。

私としては本作はわさドラのオリジナル映画の中では傑作の部類に入ると思いますが、おそらく観客を選ぶ異色作でもあるでしょう。ラヴクラフト作品に親しんでいる人なら、劇中の「?」なところを予備知識で補完するとバッチリ理解できますが、そうでない人にとっては妙に不気味で不穏な世界観や演出ばかりが目に付き、「ドラえもんだけどドラえもんじゃない」違和感を感じてしまうかもしれません。ということで、本作をイマイチ楽しめなかった人は是非ラヴクラフトの作品を読んでから改めて観てみて下さい。きっと新たな発見があるでしょう。

……ところで、ドラえもん達はラストでブリザーガを封印できましたが、それは数あるブリザーガの骨格のうちカーラが起動させてしまった1体のみで、他の骨格は手付かずでまだ残ったままでしたし、他の怪物達も氷河に閉じ込められているだけでまだ南極の地下に蠢いているんですよね…。ということは、もし他の誰かがまた南極で地下遺跡を見つけたら、そこからいつでも「狂気の山脈にて」ができるということに……

元ネタ集

最後に本作の元ネタになったと思しき作品を挙げておきます。

・クトゥルフの呼び声

「~南極カチコチ大冒険」は下の「狂気の山脈にて」以外のラヴクラフト要素もあるのでできれば全作品読んで欲しいのですが、まずは「クトゥルフの呼び声」を読めばラブクラフトの作品およびクトゥルフ神話がどんな感じか分かると思います。この「ラヴクラフト全集」の第2巻に収録。

・狂気の山脈にて

もはや説明不要の元ネタ中の元ネタ。「南極で変な古代都市の遺跡を見つけてとんでもないことになった」という設定はほぼそのまま「狂気の山脈にて」。この「ラヴクラフト全集」の第4巻に収録。

なお、「狂気の山脈にて」はコミカライズ版も発売されているので、「漫画で読みたい!」という方にはこちらもオススメです。

・時間からの影

終盤、古代と現代を行ったり来たりしてそれが伏線となるのが「時間からの影」っぽい展開のようだと思いました。この「ラヴクラフト全集」の第3巻に収録。

・遊星からの物体X

ストーリーのキーである「10万年」という数字と「どっちが本物でどっちが偽物だ!」と皆が疑心暗鬼に陥る演出の元ネタはおそらくこれ。他にもヒャッコイ博士が集めている玩具の頭が光るなどオマージュと思しきシーンもありました。またこれ自体が「狂気の山脈にて」が原作と言われています。

・風の谷のナウシカ(原作コミック版)

「封印が解かれると蘇る」「一見化石のようみ見える骨格に徐々に肉がついて動けるようになる」「口からヤバいものを吐く」「羽が生えて空間を歪めて空を飛べる」というブリザーガの設定がそのまま原作版「風の谷のナウシカ」の巨神兵です。

・もののけ姫

「体が半透明で模様がある」「首が伸びる」というブリザーガの設定がそのままデイダラボッチです。

・ジャングル黒べえ

「~南極カチコチ大冒険」のマスコット的キャラクターの「パオパオ」はもともと「ジャングル黒べえ」に登場するキャラクターで、のちに「宇宙開拓使」のキャラクターとして再登場しました。つまり「~南極カチコチ大冒険」では再々登場。またカーラとヒャッコイ博士が着ていたサバイバルスーツは黒べえをモチーフにしたデザインでした。

・ドラえもん のび太の宇宙開拓使

「ヒョーガヒョーガ星」「ヒョーガヒョーガ人」という安直過ぎるネーミングの元になっているのは「宇宙開拓使」の舞台である「コーヤコーヤ星」と「トカイトカイ星」です。

・2112年ドラえもん誕生

のび太が仲良くなる一匹だけ耳が欠けた青いパオパオ「モフスケ」とその伏線の元ネタが実はドラえもんの新旧の姿だったりします。

これらを読んだり見たりした後にもう一度「~南極カチコチ大冒険」を鑑賞すると何倍も楽しめるので是非チェックしてみて下さい。勿論それぞれの作品もオススメです。

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