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【ネタバレ注意】「カーズ2」のヴィランへの塩対応は車バカだからこそ

つい最近Indeedをチェックしていたら、アストンマーティンが北日本初の拠点として仙台に進出するという求人情報を見つけました。アストンマーティンといえばやはり「007」シリーズの”ボンドカー”ですが、私はもう一つ別の映画が思い浮かびます。それは2011年公開のディズニー・ピクサー映画「カーズ2」です。

本作は2006年公開の「カーズ」の続編で、ディズニー・ピクサー映画としては初の「トイ・ストーリー」シリーズ以外の続編長編作にあたりますが、残念なことに低評価が与えられている作品です。というか「カーズ」シリーズ自体が運悪く日本であまり人気がありません。1作目の公開時期がジブリの「ゲド戦記」にバッチリかぶる、本作の公開も東日本大震災があった2011年と、作品の出来以外の要素もあるのですが。しかしこの「カーズ2」に関しては本国でもどうやらあまり評判が良くないらしいのです。

「カーズ」シリーズとは、「もし車をはじめとする乗り物がみんな自我を持った『生き物』だったら?」という架空の世界を舞台とした映画で、後に製作される「ズートピア」にも通じる”擬人化もの”ヒューマンドラマです。2作目にあたる本作は、主人公のライトニング・マックィーンが世界各国の様々な車種のライバルたちと共にワールド・グランプリに出場し、日本、イタリア、イギリスを転戦する傍ら、その裏に隠された悪の組織の企みを暴くという、「007」シリーズのパロディが盛り込まれたアクション要素の強い内容となっています。

フィン_マックミサイル

こちらがイギリスの諜報員キャラのフィン・マックミサイル。アストンマーティンDB4をベースにBMW507やボルボP1800を混ぜたデザインです。ちなみにDB4は「007」シリーズの「ゴールドフィンガー」「サンダーボール作戦」「スカイフォール」でボンドカーに採用されています。グリルが口髭に見えるデザインが秀逸。

おそらく監督をはじめとする製作陣は「カーズ」の世界で「007」シリーズのパロディをやりたかったのでしょう。ところが、そのせいで車同士のレースや人間(?)ドラマ以上にアクションが目に付いてストーリーが散漫になり、メッセージも一貫しておらず、なんだかとっちらかった印象の作品になってしまいました。続編というより子供向け短編作品「メーターの世界つくり話」の延長線上にあるような”スピンオフ”的存在というか。

加えて、キャラが拷問されたり殺されたりといった残酷な描写もあるほか、ヴィランのキャラたちの背景が何も語られず、ひとかけらの救いもなく、ただ「敵」「悪い奴」「ダメな車」と切って捨てる表現で、それらも本作の評価を下げている要因でしょう。近年のディズニー・ピクサー作品は善悪二元論の勧善懲悪には収まらない内容ですから。

確かに本作は普通に見たらピクサー映画としてはつまらないビミョーな作品に分類されるでしょう。しかし世の中には、「ある特定のフィルター」を通して観ると途端にそれまで見えなかったものが見えてきてムチャクチャ面白くなる映画が存在するもので、本作も見事それに当てはまります。そのフィルターとは「車バカ」フィルターです。

本作におけるディズニー・ヴィランズは「ペッパー」と呼ばれる車達です。日本語版では「故障(胡椒)」にかけて「ペッパー」という名称に変更されていますが、原語では「欠陥品」という意味もある「Lemons(レモン)」で、みな実在した世界の珍車、迷車、ダメ車がモデルになっています。
例えば、「ペッパー」のブレイン的存在である「ザンダップ教授」のモデルは旧西ドイツの自動車メーカーのツェンダップが1957年~1958年までの約半年間のみ生産していた超小型自動車「ヤヌス」です。

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ひん曲がった屋根のキャリヤーがハゲ散らかし感を醸し出していて非常に秀逸なデザインです。ミラーの枠がモノクルになっているのも上手い!

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写真はWikipediaより。これの特長は車体の「前後」にドアが付いていること。定員は2人で、乗るとお互いが背中合わせになります。前に乗るときはハンドルがむき出しになり、ハンドルと車体の隙間から体を滑り込ませます。また後部座席に座ると後続車と常に顔を見合わせている状態となり気恥ずかしいったらありゃしない。そもそもこの設計だと縦列駐車したら車内から出られなくなりますよね?約半年の間に生産されたのは6000台ちょっとだそうですが、果たしてそのうち何台がまともに売れたのでしょうか?

また、ザンダップ教授の取り巻き「グレム」のモデルはアメリカン・モーターズ(AMC)が1970年~1978年まで生産していた「グレムリン」で、もう一台の取り巻き「エーサー」のモデルは1975年リリースの「ペーサー」です。

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写真はWikipediaより。グレムリンがリリースされた1970年はちょうどアメリカで日本車がよく売れるようになった頃で、当時のAMCは日本車との競争とオイルショックで経営不振に陥り、その状況を打破するため、というかトヨタ・カローラを迎え撃つエコノミーカーとしてこれを開発しました。当時としては斬新なデザインで若者に好評だったそうですが、今改めて見るとぶっちゃけダサく、車メディアが企画する「醜い車ランキング」では必ずランクインするダメ車として知られています。

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写真はWikipediaより。ぺーサーは先のグレムリンの発展形として開発された車で、発売直後の売上は決して悪くはなく特に女性に人気だったそうですが、窓ガラスの面積が大きかったために車重が重くなり、その結果燃費も悪くなり、挙句オイルショックの煽りを食らってAMCの業績自体も悪化するという不運に見舞われ、AMCがルノー傘下に入ると共に生産終了が決定しました。なのでダメ車というよりは「不運な車」と言えるでしょう。

他にも、旧ソ連時代の自動車メーカーのザポリージャが生産していたフィアット600のパクリ車「ZAZザポロージェツ」がモデルのキャラやら、旧ユーゴスラビア時代の自動車メーカーのザスタバが生産していた激安車「ユーゴ45」がモデルのキャラやらが出てきたりと、ダメ車選びがやたらとマニアックなのです。っていうか製作スタッフは絶対にジェレミー・クラークソン&リチャード・ハモンド&ジェームズ・メイ時代の「Top Gear」を見てるだろ!っつーかファンだろ!なお、これらの珍車、迷車、ダメ車は全て番組内でボロクソにこきおろされており、物によってはジェレミー・クラークソンに物理的にボコボコにされています。ユーゴ45がモデルのキャラはドライブシャフトが壊れてタイヤが動きにくく、常に他の車にケツを押してもらわないと動けないという描写で、普通に観るとまるで障害者を揶揄しているかのように感じますが、彼がなぜそのような設定になっていたかはこれを見れば一目瞭然です。

イギリス陸軍全面協力のもと行われるラストのド派手演出も最高オブ最高。

私は「カーズ2」はつまらない映画ではなく、「楽しむのにコツが要る映画」だと思います。そのコツとは…

1.鑑賞前にキャラのモデルとなった車の概要を一通り調べて覚えておく
2.ジェレミー・クラークソン&リチャード・ハモンド&ジェームズ・メイ時代の”黄金期”「Top Gear」を観ておく
3.頭の中にこの3人を住まわせて「Top Gear的車バカフィルター」をかける

これらをしてから鑑賞すると、いかにディズニー・ピクサーといえども「ペッパー」に救いを与えるのは不可能!いっそジェレミーに全員ぶっ飛ばしてもらえ!と心底思えるようになります。そしてつまらないどころかネタがてんこ盛りで一時も目を離せない映画であることが理解できます。ダメ車をヴィランにし徹頭徹尾塩対応のままストーリーを進めたのは、製作スタッフがマニア魂と趣味を丸出しにして突っ走ってしまった結果ではないでしょうか。車モチーフだけに。だいたい子供に「007」ネタはおろか自分が生まれる前のダメ車なんて分かるわけがありません。むしろ子供よりも、彼らを映画館に連れてきた親や祖父母に対し「お前らこのネタが分かるか!」と挑戦状を叩きつけたようなものだったのでしょう。
ここで上手いのは、既に存在していないシリーズ、それどころか生産していたメーカーや国すら消滅した車をヴィランにしていることです。ダメ車はいつの時代でも現れるものですが、今も実在するメーカーや国の車をヴィランに起用するのは交渉が難しいでしょうし、交渉を経て起用してもそのメーカーの関係者や車のオーナーは良い気分にはならず、炎上のリスクもあります。実際、車広告映画としても有名な実写版「トランスフォーマー」では、シリーズが進むにつれメーカー各社が「オートボット(正義の陣営)としてうちの車を使ってくれ」とマイケル・ベイ監督に売り込んだため、ディセプティコン(悪の陣営)に起用する車の配役に苦労したという逸話があります。しかし車そのものどころかメーカーや国も消滅し、かつ車バカなら絶対喜ぶマニアックなダメ車をヴィランにすれば誰もが安心してネタとして面白がることができます。私は、むしろこのディズニー/ピクサーの判断は上手いさじ加減だったと思います。ちなみに「今はもう存在しない車をヴィランにする」手法は先の実写版「トランスフォーマー」のスピンオフ映画「バンブルビー」でも使われることとなります。

先にも述べましたが、「カーズ2」はディズニー/ピクサー作品としてはビミョーですが、なんだか楽しめなかった…という方はザっとでもいいのでWikipediaあたりでキャラのモデルになった車およびそのメーカーの背景を調べ、「Top Gear」でそれらがどのようにレビューされているかを見た後に改めて鑑賞してみて下さい。きっとそれまで見えなかったものが見えてきて違った角度から楽しめます。例えるなら「艦これ」をプレイした後に「バトルシップ」を鑑賞したり、「けものフレンズ」を見た後に「キングコング: 髑髏島の巨神」を鑑賞するとさらに楽しめるのと同じようなものです。

オススメ

基本的にジェレミー・クラークソン&リチャード・ハモンド&ジェームズ・メイ時代の「Top Gear」は全部オススメなのですが、スピンオフ番組「ジェームズ・メイの世界の国民車」のエピソード2に「前後の区別もつかない車」としてツェンダップ・ヤヌスが登場し、端的に同車の概要を知ることができるのでオススメです。現在Amazonプライム特典なので会員は追加課金なしで視聴できます。

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