最期までの覚悟
この子を保護犬と呼んでいいのか…。少し迷いながら書いています。
旅館を営む我が家に、チワワのシェリーちゃんがやってきたのは、14年前の秋。当時の我が家には、既に先住猫レオンくんがいます。レオンくんの前には、交通事故で逝ってしまったりんちゃんが。
そんなわけで、シェリーちゃんを受け入れるには簡単ではない、私なりの覚悟がありました。
「犬が欲しい」
末っ子さくらの3年越しの願い事。それが現実味を帯びたのは、私の友人が来てからです。
「もうすぐ浜松の実家近くの友達の家でチワワが産まれるんだけど、あと1人引取り手が足りなくて」
尋ねて来た友人が、お茶を飲みながらそんな話を始めました。当然、さくらは飛びつきます。
「うちで飼える!」
「さくらちゃんならそういうと思った」
友人は笑いながらさくらの頭を撫でました。
「いや、うちにはレオンがいるから」
「そこの家も猫が先だったらしいの。それに、その人も千尋と同じ動物売買反対派。獣医さんに相談しながら進めた妊娠だけど、どうしても里親が1人足りないっていうの。でね、千尋のところならって思って。返事すぐじゃなくていいから、ちょっと考えてみて。先住猫との暮らしも、きっといいアドバイスしてくれる思うよ」
私の言葉を遮ってまで、相手の事情を話す友人。言うだけで言って、そそくさと帰って行きました。
さて、さくらの方はというと、もうチワワのことで頭がいっぱい。夕食の時間に、2人のお兄ちゃんとお姉ちゃんに話を始めました。もう本人は飼う気満々。
「ダメだよ、レオンが可哀想じゃん」
そう言ったのは、一番上のお兄ちゃん幸蔵です。続いてお姉ちゃんのさつきが口を開きます。
「それって全部さくらが世話できんの?全部さくらがやるなら賛成してあげる」
「オレは別にいいよ」
二男の修作も飼う方に乗っかりました。
「待って。生き物を飼うって、そんな簡単じゃないでしょ? 母さんは子供の頃おうちで犬も猫も飼ってた。最期ちゃんと看取るまでよ。すんごく大変だんだから」
「それはみんな知ってるよ、りんちゃんのことあるし。だからレオンのこと引き取ったんでしょ」
さつきがそう言うと、それに続けてさくらが言いました。
「お母さん、犬と猫一緒に飼ってたことあるんじゃん」
私が飼っていたと言っても、私なんて大した世話をしていない。犬と猫の世話をしていたのは、両親でした。私はただ、猫と寝て、犬と散歩して、気分の乗ってる時だけ犬猫と戯れるってだけ。でも、看取る時の焦燥感だって、どうしようもない切なさだって知っています。家族全員で賛成じゃなかったら、引き取るなんてできない。
「幸蔵は反対なんでしょ?」
みんながお兄ちゃんを見つめました。
「いいよ、わかったよ。けど、オレはレオン担当だから、チワワはさくらがちゃんと最後まで面倒見ろよ」
こうなると、反対に持ち込むまでの材料が必要、私は頭をフル回転させました。
「お母さん、なんでそんなに嫌なの?」
さつきは結構痛いところをつきます。
実は私、高校生の頃保護した迷い犬を保健所へ連れて行ったのち、再び保健所から引き取ったと言う経験があります。犬種も年齢もわからないけど、人懐こい中型犬を自宅で飼い始めることに。先住猫との相性も良く、すぐに馴染んでくれました。犬を引き取ってから2年後、お隣さんが海外赴任となり住人が変わると、平和な犬猫生活に少しずつ変化が。
日中庭に繋がれて過ごす愛犬が日毎弱っていき、家族みんなで心配していると、お隣の奥さんが尋ねて来ました。
「ごめんなさい。主人、ノイローゼで。犬の鳴き声が耳から離れないと言って、毎日苛々しています。吠えさせないでください」
ムダ吠えをする犬ではないので、どうしたものかと思って聞いていると、奥さんがカバンの中から箱を取り出しました。
「最近、これを投げつけているみたいで」
チュアブル錠の殺鼠剤でした。私たちは凍りつき、父と兄は急いで動物病院へ連れて行きました。箱は半分以上無くなっていて、その数を投げつけられ、たぶん食べてしまっていたのだろうと思われました。
結局、救えなかった命。その罪悪感が今でも心の隅っこにあります。
「これから迎えるチワワって、その子の生まれ変わりじゃない?絶対、これ縁だから。今度こそ、ちゃんと幸せにしてあげようよ」
さつきの口から出たこの言葉が、私の背中を押して、仔犬を引き取ることに。こうして、生後1ヶ月で我が家日中やって来たシェリーちゃんは、先住猫のレオンくんと親子のようにべったり寄り添って暮らしました。今はもう14歳。
既にお空へ旅立ったレオンくんの微かに残った匂いを辿り、時々探しているように見えたりします。甘えたいのかな。
私たち家族は、シェリーちゃんが最後の最期まで幸せだったと生涯を全うできるくらい、シェリーちゃんに残された時間を寄り添っていきます。