オオカミに会いに行く
※以下の情報はすべて、2014年8月訪問時のものです。
世界最北の動物園、Polar Parkはノルウェー北部の北極圏最大級の町トロムソにある。正確に言うと、トロムソから車でさらに3時間ほどかかる僻地にある。
思えばこの日から遡ること2年程前、「世界ふしぎ発見!」で放映されていたPolar Parkを見たのがきっかけでこんなところまで遥々やって来た。ここでは、オオカミと触れ合えるプログラムがあるというので、強烈な印象が残っていた。その後、オオカミにとても強い興味を持ったきっかけがあり(これはまた別の話)、どうしてもこのPolar Parkに行かねば!と心に決めたのだ。
もちろんツアーなどはない。事前にかなり下調べをして個人で行くことに決めた。本当は冬に実施されているHowl Nightというプログラム(オオカミたちと一緒に遠吠えができる!)に参加したかったのだが、これは団体でしか申し込めないとのこと。仕方なく個人でも参加できるWolf Visitというプログラムに参加するため、夏のトロムソへ。
いざPolar Parkを訪ねる前夜はソワソワして遠足前の子ども状態。トロムソに着いた初日、観光前にまず観光案内所に行き、Polar Parkへの行き方を再確認。バス停の場所も行き帰りの時間も、事前にネットで調べてはいたが、念のために現地でも確認した。バス停は表示がないので不安だったが、教えられた場所に行くと、人がなんとなく溜まっており、ほぼ時間通りにバスがやって来た。バスに乗り込む際、運転手に何度もPolar Parkで降りたいので教えてほしいとしつこく確認。お陰で無事に降りられたのだが、降りたのは私一人…。そして、あまりにただの道の途中すぎて不安感MAX…。周りにかろうじて人家が一軒見えたが、それ以外は本当にただの山道。ここでじっとPolar Parkからの迎えを待つ。
実はPolar Parkはこのバス停からまだ距離がある。事前に何度もメールでPolar Parkとやり取りをして、バス停までの迎えをお願いしていた。ドキドキしながら待っていたが、程なくお迎えが来た。感じの良い若者が乗用車で来てくれたが、公共交通機関でここを訪れる人間は珍しいと驚いていた。バスの停留所から車で5分ほどで念願のPolar Parkに到着。Park内にはノルウェー人とおぼしき家族連れがそれなりにいた。おそらくここは、私のような観光客が来るというよりは、現地の家族連れなどが自家用車で訪れる場所なのだろう。英語を話している人たちも若干はいたが、彼等もバスではなくレンタカーなどで来ていた様子。
今回のハイライト、オオカミと触れ合えるWolf Visitは15時からで、事前にメールで予約済み。到着したのは13時半頃だったので、Wolf Visitの時間までは自分で園内を散策する。園内の様子やマップはウェブサイトに出てなかったのでまったく情報がなく、広さも皆目見当がついていなかったが、想定よりは狭かったように感じた。敷地自体はかなり広大なのだが、人間が歩ける部分は限定されており、むしろ動物たちのためのスペースが広いのだ。
Polar Parkは「動物園」とはいっても、日本でイメージするような動物園とはかなり趣きが異なる。ひたすらに広大な自然の森に、人間との境目に金網を巡らせ、多くはない種類の極北の動物たちが住んでいる。あまりに敷地が広いので、動物が見えないこともある。実際、すれ違ったご夫婦が、「あなた動物見た?動物はどこにいるの?私たち、まだ何も見てないわ!」とぼやいていた。私は運良く、間近でムースや北極ギツネを見ることができた。
そして、このPolar Parkにはオオカミ以外にも有名なアイドルがいる。ここで産まれたヨーロッパヒグマの双子、ソルトとペッパー。名前の通り、ペッパーは普通の茶色い熊で、ソルトはアルビノの白い熊。二頭とも仲良しの様子。のんびりとじゃれあっていた。そしてなんとここではオオカミとクマたちが同じ敷地内に住んでいる。オオカミたちは遠巻きにクマたちを眺めており、若干、オオカミの方がクマたちに遠慮してるようにも見えた。このクマとオオカミが一緒に見られるエリアを通過し、いよいよ自分もオオカミと触れ合える!と興奮が高まる。
Wolf Visitは18歳以上で、身長が160cm以上で、ノルウェー語か英語が話せれば参加可能。それなりの参加料(私の時は1500ノルウェークローネ、大体2万円程度)がかかるが、オオカミと触れ合えるというスペシャルな体験を考えればそう高くはない、と私は思うが、このあたりの感覚は人それぞれだろう。指示されたオオカミの敷地の前で飼育員2名と参加者が集合。この日の参加者は私を入れて9人。皆ノルウェー人だったが、私がいたために説明などはすべて英語で実施してくれた。他のノルウェー人たちも快く英語で話してくれた。北欧は英語が堪能な人が多いので助かる。
いよいよオオカミ3頭が住むエリアに入れていただく。まさに「入れていただく」のが正しい表現で、彼等のテリトリーにお邪魔するのだ。彼等の流儀に従わなければならない。飼育員からの注意事項は、まず敷地内に入ったらゆっくり動き、飼育員が導くとおりに歩き、ある場所に着いたら指示するので、そこで輪になってしゃがむこと(オオカミと同じくらいの目線になること)。こちらからオオカミを追いかけたり、勝手に触ったりしてはいけないということ(オオカミの方から寄ってくればOK)。犬とは異なるので、犬が喜ぶ掻くような撫で方ではなく、ゆっくりと毛並みを撫でてあげるようにすること、など。
私以外の参加者たちも緊張の面持ちで金網の二重の扉を抜けて、敷地内へ。しかし、扉を入るなり、オオカミたちは一行を待ち構えており、飼育員たちを大歓迎!尻尾を振りながら飼育員二人の足にじゃれついたり、立ち上がって飛びついたり。全身で喜びを表現している。飼育員曰く、彼等は飼育員たちのことを大好きなので興奮しているが、それだけではなく、毎日のWolf Visitで人慣れしてるので、今日もまた違う人間が遊びにきたー、と興味津々で興奮しているのだそう。オオカミたちは好奇心旺盛なのだ。
まずはオスメス一頭ずつが出てくる。もう一頭のメスは、リーダー格の強い上位のメスの許可がないと人前に姿を現してはいけないという厳格な群れのルールがあるのだそうで、近くに隠れてる。まずは二頭のオオカミたちが、輪になってしゃがんでいる私たちに寄ってきて、一人ずつのニオイを確かめたり、口を舐めたり、触って、構ってと小突いてきたり。オオカミたちのペースでされるがままの私たち。前述のルールを守っている限りにおいては、彼等はとてもフレンドリーでまったく恐怖は感じない。それどころか、とても礼儀正しく賢い印象を受けた。
オオカミたちの体躯は、以前カナダで体験した犬ぞりのそり犬たちくらいの大きさではあったが、やはり頭部や四肢が格段に骨太でガッシリしている。前足でこちらを小突いてくるのだが(じゃれている)、この前足がどっしりと重くて驚いた。また、オオカミは瞳が金色でたまらなく魅惑的。ジッとでなければ目を見てもいい、と飼育員に言われたので、ついこの金色の瞳に見とれてしまった。思慮深いというか、こちらのすべてを見通しているような知性を感じさせる瞳だった。そして、実はオオカミに会う前は、結構野生のニオイというか、臭かったりするんじゃないか?と思っていたが、相当顔を舐められてもまったくニオイは気にならなかった。毛並みもフワフワというわけではないが、さりとてゴワゴワというわけでもなく、しなやかで暖かな触り心地だった。本当は冬の方が冬毛なのでフカフカで気持ち良いのだろうな、と思いながら、夏毛のさっぱりした毛並みを撫でた。
最初に出て来た二頭のオオカミたちが、一通り人間たちの確認作業を終えたところで、ようやく下位のオオカミも登場。彼女もおずおずとながら、我々人間の確認作業を始める。しかし、他の二頭とすれ違う時には、尻尾を内側に巻き込んで小さくなっており、序列がハッキリしているオオカミ社会を垣間見ることができた。
私を含め、参加者たち皆が感激しながらオオカミたちの写真を撮ったり、眺めたりしていたが、しばらく経つと彼らは満足したのか、疲れたのか、飽きたのか、私たちから離れて敷地の奥の方に行ってしまった。そこで、飼育員がオオカミの鳴き真似をしたところ、共鳴して皆が鳴き始め、念願のオオカミの遠吠えを聞くことができた!別のエリアにいるオオカミのグループからも遠吠えの返事があり、それにも感動!オオカミたちの遠吠えは、想像していたよりも音色やリズムなどが豊かで、彼等はこの遠吠えで言語に近い高度なコミュニケーションを行っているのだろうな、と感じられた。この遠吠えを機にWolf Visitは終了。急に動いたり早い動作は、オオカミが本気で遊ぶモード(=結構痛い目をみる)に入るので禁止されていたが、本当はもっと一緒に転げ回ったり、走り回ったりして遊びたかった。
帰りはまた金網の扉から出るのだが、最後までオオカミたちがお見送りをしてくれて、またしても感激。しかし、これは実はオオカミの習性のひとつ。「送りオオカミ」という言葉があるが、もともとは、オオカミは縄張り意識が強いので、部外者が自分たちのテリトリーから出たかどうかをしっかり確認するために見送るのだという。これは後から知ったオオカミ豆知識。ともかく、40分ほどの、決して長いとはいえない時間ではあったが、本当に特別な体験で、わざわざ日本から遥か彼方の北極圏まで来て、オオカミたちに会えて、触れ合えて良かった!
実はこの時点で16時。私は16時35分に先ほどバスを降りたところからまたバスに3時間乗ってトロムソの町に帰らなければならない。しかも、もちろんバスの始点ではないので、少し早めに行って待ってないとコワイ。ところが、Polar Parkでは私が訪問した3ヶ月前にオオカミの赤ちゃんが産まれたばかりで、この仔オオカミたちのFeeding Timeが16時からあり、私以外の参加者はこの後そちらに参加とのこと。しかし、私はそれに参加していてはバスに間に合わない…。でも、一目でいいから会いたい…。と逡巡し、飼育員に事情を説明し、時間がないが一目でいいから仔オオカミを見たい、と相談したところ、飼育員が園内スタッフ用のバギーをぶっ飛ばしてオオカミの仔たちのところに連れて行って見せてくれた!
仔オオカミたちは小さな小屋の中の一角に十頭くらいおり、皆、折り重なるようにもぞもぞしながら眠っていた。先ほどの大人のオオカミたちとはまったく異なるキュートさに悶絶した。これで思い残すことなし!時間がなかったので、本当に一目見ただけではあったが、バスを逃しては大変なので、大急ぎでバス停に送ってもらった。
バス停に到着したのが16時18分。…実はここからが、恐怖の時間だった。ともかく、まったく何もないただの山間の道。バスはこれを逃すともうないはず(少なくともトロムソ行きはない)。車の通行量自体も少ない。トロムソまでは3時間…。バスが来なかったら、もう行っちゃっていたら、運休だったら…といろいろな悪い想像が頭を巡り、バスが来なければヒッチハイクして帰るしかないのだろうか…と、嫌な汗をかきつつ、ひたすらにドキドキして待っていたところに、35分到着予定のバスが15分程遅れて、16時50分頃にようやく到着。バスが見えた時は嬉しくて、両手で力いっぱい手を振ってバスを止めた。後日、このWolf Visitの話を友人たちにした際、「オオカミ、怖くなかった?」とよく聞かれたが、オオカミよりも、あの何もない道でたった一人、バスを待っていた時間の方が余程恐ろしかった。
いざバスに乗車したところで、ようやく一安心し、じわじわと達成感と充実感と幸福感が湧いてきた。ともかく不便な場所で、情報も少なく、個人でバス(公共交通機関)で訪れる人なんてほとんどいなくて、辿り着けるのか、Wolf Visitの予約はちゃんと取れているのか、無事帰れるのか、いろいろ心配で、ずっと緊張していた。帰りのバスに座って、ようやくホッとして、オオカミと本当に触れ合えた時間を思い、静かな興奮を一人噛み締め、また、穏やかに景色を楽しむ余裕も出てきた。ノルウェーの極北の景色は、アラスカを彷彿とさせるが、本当に原野だったアラスカとは異なり、疎らではあるが人家があり、人の気配がある。アラスカの、人を寄せ付けない巨大な自然とはまた趣きが異なる、美しい景色を堪能した。
20時過ぎにバスはトロムソに到着。白夜の季節なので、外はまだ明るい。レストランで、このトロムソで醸造されている世界最北のビール、マックビールを飲みながら、絶品の干し鱈料理を食べ、心地よい疲労を感じつつ、今頃オオカミたちはどうしているかな、と考えた。今日は一人、髪の黒い変なのが来ていたな、などと、私のことを話題にしてくれているだろうか。次はやはり冬にWolf Lodgeに宿泊して、オオカミたちと夜を過ごし、一緒に遠吠えをしたい。
<了>
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