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OICグループ×ソラノイロの挑戦~ラーメン屋のM&Aは「いくらで売った?」ではなく、「どう続けるか?」~
「いくらで売った?」ではなく、本当に聞いてほしいこと
ソラノイロがOICグループに参画した――2024年7月の報道を聞いて、驚いた人も多いかもしれません。このM&Aについて、どんなねらいで、どんな思いで決断したのか。本来なら、その背景やラーメン業界の未来について語りたかったのですが、実際にグループジョイン後に多く聞かれたのは「いくらで売ったんですか?」という質問でした。そのたびに、違和感を覚えます。業界の関心事はそこなのか? 僕は、そもそもお金のためにM&Aをしたわけではありません。
M&Aの本質は「FIRE」ではない
M&Aというと、「FIRE(経済的自立による早期リタイア)」のような話がクローズアップされがちです。もちろん、そういう側面もあります。僕自身、M&Aによって億単位の借金の保証が外れましたし、その荷が下りたことでホッとしたのは事実です。これから先、お金のことばかり考えて必死に働かなくてもいいという余裕が生まれたのも確かです。でも、そこに本質があるわけではないと思っています。
「より良い会社にするため」の選択肢
ここ数年、ラーメン業界でもM&Aの動きが目立つようになりました。つけ麺TETSU、田中商店、麺屋たけ井など、大規模なM&Aもあれば、小さな規模のものも増えています。そして、多くの場合「経営者が利益を得るためのもの」と捉えられがちです。でも、僕はM&Aを「会社をより良くするための選択」だと考えています。
そもそも、M&Aを選択肢に入れたのは、経理や人事労務の持続可能性を考えたからでした。うちは、妻がたった一人で経理も人事労務もすべて担当していて、アルバイトを二人雇っていたものの、それでも90人の従業員を3人体制で支えるのは、もう限界でした。毎日、妻が苦しそうに事務作業をしているのを間近で見ていて、「このままこの体制を続けるのは違うな」と感じました。経理のプロを雇って引き継ぐ方法もありますが、うちの会社には合わない。だから、いっそM&Aでまるっと引き継いでもらったほうがいいんじゃないか。それが、M&Aを検討し始めた起点でした。
ちょうどそのタイミングで、OICグループのM&A担当者と接点ができ、自然な流れでグループへのジョインに向けた話が進みました。そしてもうひとつ、大きな決め手になったのが食材の高騰です。業界全体で見ても、原価の高騰は避けられない課題になっています。さらに、人を雇う上でのコスト負担が重くのしかかる。こうした問題に対して、個人店が単独で戦うのは難しいと痛感しました。M&Aを選んだのは、会社を手放すのではなく、ソラノイロという集団を持続可能にするための選択だったんです。
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共創によって生まれた新たな可能性
実際、グループに入ったことでできることの幅が広がりました。その成果のひとつが、ロピアで展開している「鍋スープセット」の商品開発です。OICグループに参画し、食材供給網を見せてもらったとき、鶏舎では1日5万本の鶏のモミジ(足)が、ほとんど使われずに捨てられていると知り、驚きました。「これは、もったいない。この素材を活かせば、新しいスープが作れるのではないか」と考え、鍋スープの商品化に取り組みました。結果として、グループ全体で大きなフードロスの削減につながっています。
グループシナジーによる原価の安定化も、経営的には大きなメリットです。個人店では、仕入れ価格の変動が直接経営に影響します。豚骨や小麦が値上がりすれば、すぐに利益に響く。でも、OICグループのスケールメリットを使えば、仕入れの安定化ができます。たとえば、お米はグループ全体で年間契約することで、価格の乱高下に影響されにくくなりました。チームで戦うことで、より安定した経営が可能になったのです。
M&Aは「人の幸せ」につながるべき
さらに、従業員の待遇も向上しました。グループに入ったことで、給与のベースアップや退職金制度の導入が可能になりました。「ボーナスが出るかどうかわからない」ではなく、「確実に年収を提示できる」環境に変わったんです。給与が上がることで、安心して働ける環境が整い、長く続けられる会社になる。いい人材を採用することも大事ですが、それ以上に「いい人に長く働いてもらうこと」が大切だと思っています。M&Aをしたことで、ソラノイロに残ってくれたスタッフの待遇が良くなり、より安心して働ける環境を作ることができました。そこをもっと語るべきだし、考えていくべきことだと思うんです。
だから、僕がM&Aでいくら得たかよりも、従業員の年収がどれだけ上がったかを見てほしい。M&Aというと、「経営者が儲けるためのもの」というイメージを持つ人も多いと思います。でも、従業員の給与が上がり、働く環境が良くなり、会社が安定するM&Aがあるなら、それは多くの人にハッピーをもたらすはずです。たとえば、10人の給料が100万円ずつ上がることのほうが、経営者が1億円得ること以上に意味がある。M&Aは、経営者が楽をするためではなく、「いい会社を続けるための選択」だと、僕は考えています。
次に考えるのは、「従業員がキャリアイメージを描けるラーメン店とは」。次回は、そのビジョンと取り組みについて話したいと思います。
ラーメン店『ソラノイロ』創業者
飲食店コンサルタント 宮崎千尋
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