思い出、その力 ⑮「思い出をつかまえて」
秋野ひとみ「つかまえてシリーズ」全95タイトルを全巻レビュー。
無作為に選び一冊ずつ順不同にいきます。
15作目「思い出をつかまえて」1991年
はじめて読んだとき、特に何もない、地味な事件だと思った。
このシリーズと一緒に大人になりながらこの作品のことを浮いた存在だと、長いこと思ってきた。たくさんの事件の中でこれだけが異色だと、ずっとそう位置づけしていた。はっきり言って好きではなかった。
それが、今回読み返してみて、一番、好きかもしれないと思った。
初めて読んだ出版当時。
私は中学一年生だったから、「思い出を探す」という言葉にぴんとくることができないほど若かったのだと振り返る。
まだ、私の人生に「大事な思い出」なんてなかったから。ううん、あったとしてもそれをそれと意識していなかった。
大人にならないと、あれこそが大事な思い出だったことに気づけない。
親友のミチルと毎日公園で遊んだこと。
お互いの家を行き来してはファミコンに熱中したこと。
中学生になると行動範囲が広がり、二人で電車に乗って隣の県庁所在地の市まで買い物に行ったこと。
いま、故郷から遠く離れて暮らす自分を励ましてくれるのは、あのころ無自覚なままに過ごした膨大な時間からの贈り物。
思い出の力にはいつも驚かされ、心はげまされる思いをしている。-
圭二郎さんの昔の恋人・真理子さんの叫びは苦しかった。
父の会社が倒産して、身辺があわただしくなり大学をやめ、圭二郎さんは彼女と別れることを決意した。
僕には君を幸せにする資格がないとか、なんとか、ありきたりな理由だったという。そのときはそういうものかと一応の納得をしてみせた真理子さんはしかし、ずっとあとになって、こう思ったと由香に打ち明ける。
いっしょに不幸になる資格もなかったの、という苦しみは大きい。
でも、本気でひとりの男性を好きになったことのある女性なら、この真理子さんの告白は理解できるはず。
いっしょに不幸になる資格というフレーズは、長い間私の心に残った。
依頼人の親友が思い出の品を隠した場所の暗号「丘のリボンの結び目」を由香がときあかし、無事その手に渡った。
ミチル。もし私が、あなたとの思い出の品をどこかに隠すなら、どこに何を隠してどんな暗号を残すだろうか。遠くに住む親友に向けて、そんなことを考えた。
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