妄想におびえている場合なのだろうか
やりすぎは、疲れる。今後の人生では年齢とともに力を抜いていきたいと思うのなら、この不安病には対処法が必要。毒も薬も自分で作るってそういうこと。強くなりたいのなら、勇気を持って妄想を手放そう。
深刻すぎる準備をしなくても、あんたなら大丈夫だ。
そう言い切ることで新しい扉を開いていく力が生まれる。
ひと月ごとに強くなっていく自分を、へこみながらでも感じ続けていきたい。
妹の見合いは、一度会っただけで終了したらしかった。
この頃の自分がいう「妄想」の相手は夫の両親。この人たちとの関係が良好ではなく、何かひどいことを言われるのでは、といつも身構えていた。現在もそれはあまり変わらない。帰省することを干渉されたくないと反発する力が強いので、言わずに帰省するのだが、かげで夫に詮索しては私が帰省していないか探って陰口を言うような人間なので不快な思いをしたことが山ほどあった。帰省していても、彼らに言われているであろう悪口を妄想で作り上げ、気分を重くし、自室の布団から起き上がれなくなったりすることも多々あった。
せっかくの帰省なのに、このときも何をしたかまったく不明。持つ必要のない罪悪感を持って、苦しむ必要などどこにもないのにもがいていた。こんなことで気分転換の帰省としてうまくいってたんだろうか、私。