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姑からの事務引継ぎってホント難しいんですよ
義実家自営の建設会社に事務員として入社して約一年が経ったころ。
自分の置かれている環境に、何の喜びもなくて精神的な不調をきたし、適応障害と診断されてから。
だからと言ってすぐ退職なんてできるはずもなく、
このままの状態で何とかするしかない、と孤独なたたかいが始まった。
ノートPCを夫から支給されていたので、それを開いて自席でいろいろ、眺める毎日。
検索窓に「義実家自営 辞めたい」「義両親が原因での離婚」「舅姑 嫌い」
知恵袋とか人生相談とか掲示板とかつぶやきとか。
世の中には、結婚相手の親とうまくいかず、わたしと同じ思いをしている人がたくさんいて、いくら読んでも飽きなかった。朝から夕方まで、することもなく舅姑が視界に入る状態でネットを眺めて過ごす日々。
耳栓をすることで彼らの声が聴こえるのをソフトにすることはできても、バカみたいな会話は全部聞こえる。
バカじゃねえのこいつら、と心の中で罵りながら検索窓に「姑 〇んでほしい」とか打ち込む。
そんな毎日に、ようやく初めての風穴を開けてくれたのは、顧問会計士だった。
Tさん(男性)は、月に一度会社を訪問してくるが、わたしとは挨拶するくらいで、姑と経理の話をしていた。
わたしは関係ない人として、自席に座って、ただ過ごしていただけ。聞こえるけど聞いてないふり。
わたしは彼のことを、完全にあっち側の味方だと決めつけていたから、深入りしないようにしていた。
そんなある月の訪問日、たまたま舅姑が来るのが遅れて、Tさんが事務所で待つあいだ、わたしと二人きりになった。
お嫁さん、そろそろここに来て一年ほどになりますか。Tさんが話しかけてきた。
「お嫁さんは、何の業務をしてるんですか」
「お姑さんから、何を習っているところですか」
「…何もないです」
「…何も?」
「はい、全部、お姑さんがしてて、わたしは何も知りません」
「毎日、何してるんですか」
「何もしてないです。どうしてわたし、ここにいなきゃいけないんだろうとバカらしいぐらいです」
「ははは、はっきり言う方なんですね」
「あ、すいません」
「いいんですよ、でも、それは困りますね。知りませんでした。そんな状態になってるとは」
「お姑さんは、彼女はいろいろ覚えているところだから経理はまだ、って言ってたんですよ」
「…は?」
(何言ってんだあのクソババア、経理を触られるのが嫌なだけだろうが。わたしが覚えていってるのは、あんたらがどれだけクソかってことだけだよ、と怒りに震える)
わかりました、今日これから、ちょっと話しますわ。Tさんは思案顔でうなずいた。