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好きな人の二人乗り

あ、うちの制服だ。隣の理津が声を上げた。誰だろうね。
並んで歩く私たちの前方に、制服を着た男女の二人乗り自転車がいて、信号が変わるのを待っていた。私たちもこのまま五十メートルほど歩いて同じ交差点で信号を待つ。彼らの後ろ姿を追って歩いている私と理津だった。

理津が声を上げる数十秒前には気づいていた。あれは、光介と涼子だ。
後ろからでもすぐにわかる。あれは光介の青い自転車だ。
後輪の辺りに取り付けた二人乗りステップを踏んでいる脚の形を見ただけで涼子だとわかっていた。別れた彼氏・光介の新しい彼女。脚見ただけで涼子とわかるなんて私も相当意識してるな、と悔しかった。

「理津。あれは、光介と涼子だよ」
理津がえっと悲鳴を上げる。ちょうど信号が青に変わり、光介が漕ぐ二人乗り自転車は走り去っていった。理津は私がずっと歩調を緩めていたことに気が付いたようで、それに合わせてくれながらごめんチッチ、と謝った。
なぜ理津が謝るの、と聞いても、だって気が付かなくて。とうつむく。いいから。だってもう、行ったし。私たちだって、信号渡ってから駅までのバスに乗るんだから。行こう。自分よりずっと小柄な理津の背中をバンと叩く。
失恋に巻き込んでごめん、と謝りたいのは私の方だった。

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学内で恋をして別れて、その相手が学内で新しい恋をするとはこういうことなのだ、と思い知ることから始まった高校生活最後の一年だった。
見たくない場面、聞きたくない情報、そんなものだらけだった。

友人である絵美子が涼子に、廊下で親し気に話しかけているのを見る。
光介と仲いいよね、うまく行ってる?うん。いってるー。よかった。
何がよかったのか、と絵美子に言いたいがそれはできない。理津のように、涼子のことを私側に立って敵認定してくれる同級生ばかりではないのだ。

休み時間にトイレで、涼子の仲良しグループの友人たちがいる。それを見ると私は、ここにいない涼子は光介と一緒にいるのかな、と一瞬で邪推して息苦しくなる。どうか、光介とか涼子という単語を口にしないで、と祈りながら個室に入って用を足しながら、彼女たちが出て行くのを待つ。

毎日、毎日そんなことばかりだった。見たくないもの、聞きたくないことに出くわすのが怖くて、できるだけ避けようとして神経をとがらせて過ごす。
それでも防ぎきることはできず、心をえぐられる場面を日々目の前で見る。いちいち傷つき、心はすり減っていく。

中でもいちばん、見た瞬間に呼吸が止まるほどの衝撃を受けるのはやはり光介と涼子が二人でいるのを見ることだった。

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これから二人はどこに行くんだろうな。見たくなかったな。
消えていかない残像が苦しくてたまらなかった。

バス停に座って待つあいだ、チッチ、駅まで行ってお茶するのやめとく?
理津が聞いてくれる。いま、私が不安に思ったのと同じことを考えたようだ。駅へ行ってあの二人がいたら、また私がその姿を見てしまったら傷つく、と思ってくれたのだろう。

ううん、大丈夫だよ。行こうよ。食べたいおやつがあるんでしょ。
私の代わりに泣きそうになっている理津を励ました。

チッチ、早く平気になるといいね。そう言ってくれるけど、それには私が光介のことを忘れることが必要だから、しばらくそれは難しいだろうと思ったら返事ができなかった。
ただ、もう一度心の中で、私の失恋に巻き込んでごめん、と理津に申し訳なく思った。

好きな人とその彼女の自転車二人乗りの姿が
まぶたにも頭にも心にも焼き付いてしまっていて、これを処理するにはどれくらい時間がかかるんだろう、どうしたらいいのだろうと途方に暮れた。

やってきたガラガラのバスに乗って、私と理津は駅へ向かった。
私はあの二人のデート場所が駅ではありませんようにと祈った。






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