マコちゃん
以前、「ジュニマネ回想記」に何度か書いたことのあるイトコのマコちゃんが、
1年半ほどの闘病の末、とうとう昨年の2月に亡くなってしまった。
あの山間の町にもうマコちゃんはいないのだと思うと、私は心底ガッカリだ。
私がずいぶん長い間「ジュニマネ回想記」に何も書けなくなったのは、
マコちゃんのことと言い、
20年以上生きてくれた猫の原田とのお別れのことと言い、
書き記しておきたいことはたくさんあるのにも関わらず、
頭の中にある言葉が、何故だかうまく紡げなくなってしまったから。
きっとたくさんの人がそうであるように、
私にとっても書くことは心の癒しになるのだけど、
最近は「ジュニマネ日記」に日々の記録を残すことで精一杯だった。
それでもやっぱりマコちゃんのことは書いておこうと思い立ち、
Facebookのメッセンジャーに届いたテキストの数々や、
美濃の花御輿の写真、最後に会った時交わした会話の備忘録などを
改めて読み返すと、マコちゃんの家族への思い、故郷への思い、
「生きたい」という強い思いが溢れて私に押し寄せてきて、
やるせなくて、切なくて、私は声をあげて泣きたくなる。
でも、泣かない。
どうしてかわからないけど、泣けない。
まだ実感が湧いていないのかもしれない。
マコちゃんは旅立つ時、穏やかな心になれただろうか。
何も思い残すことなく、光の中へ帰って行けただろうか。
痛みのない世界で、魂はこの世の家族を見守っているのだろうか。
私が25年ぶりぐらいにマコちゃんに再会した時、
少年時代に実は、私に対して恋心のような感情を抱いていたのだと
マコちゃんは照れ臭そうに打ち明けたのだけど、
私は「何言ってるの」と笑い飛ばした。
「田舎の少年には、都会のいとこが眩しかったんやで」と
お酒を飲みながら真っ赤な顔でマコちゃんは言った。
そして「千尋とマコトの隠し部屋」というFacebookのページを作って
マコちゃんは私が懐かしがる美濃の風物詩を写真に撮っては
そのページにたくさん掲載してくれた。
同じ祖父母のDNAと親戚と幼い頃の思い出を共有するいとこ同士って、
大人になると、ものすごく疎遠になったりもするのだけれど、
それでも何か特別な縁で繋がっているのだろうなと思う。
マコちゃんも、マコちゃんの妹たちも、そんな存在。
マコちゃん、美濃の思い出を、ありがとう。
私に親戚情報を教えてくれてありがとう。
いつかあのお墓に、お参りに行くからね。
お酒とお花を持って。
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