瀬織津姫との会話
六甲比命神社の磐座
瀬織津は、思いの外に若々しい女性の姿で現れたので、私は驚いた。私はでっぷりした大地母神のような存在を想像していたのだ。大地にどっしりと身体を半ば埋めるように存在している巨大な女神が出てくるのではないかと。
私の予想を裏切って、瀬織津は磐座のてっぺんから勢いよく飛び出して、宇宙へ飛んでいったようだった。スリムな若々しい身体には、一糸たりとも身につけてはいないようだ。
大地母神だと思っていたのはまちがいだったのだろうか? これは大地というよりも宇宙とのつながりを作る女神のようだ。地球上に生きる私たち人間に、銀河とのつながりを教える存在であるようだ。
「瀬織津……?」そう私は呼んでみた。彼女はその名前で呼ばれるのが嫌なようだ。何だか窮屈なところに押し込められるような気がするようだった。
瀬織津というこの名は、やはり封じ込めのためにつけられた名前なのだろう。彼女の姿は、私が前に作った宇宙の女神の姿と似ていた。そのことからして、あるいは彼女はサラスヴァーティなのかもしれないと思った。
あの像は、ある人からの注文でこしらえたものだった。宇宙の女神というものがあるのなら、それを作って欲しいと頼まれて、そして生まれてきた像だった。それは若々しい女性の姿をしていて、子供のような無邪気な表情で目をキラキラ輝かせて笑っている像だった。その像ができたとき、「サラスヴァーティ」という名前が聞こえたように思った。
サラスヴァーティというのがインドの女神の名前だということは何となく知っていたけれど、それ以上のことは知らなかった。それで調べてみたら、宇宙創造神ブラーフマの妻だと言われているとあったのでびっくりした。それじゃまさに宇宙の女神じゃないか。
「サラスヴァーティ?」
今度はそう聞いてみた。その名も彼女は気に入らないようだ。
「セィラァ」とそのときかわいらしい声が聞こえてきた。Saraを思いっきりアメリカ英語風に発音したみたいな音だった。「セィラァ」
それで私は、彼女をセィラァと呼ぶことにした。
彼女は細い身体をしているのに、ものすごい力を感じさせた。一瞬にして宇宙全体を破壊してしまうこともできれば、同じくらい瞬時に新しく生み出すこともできるかのようだ。しかも、子供が遊ぶような無邪気さで。
瀬織津姫は祓いの女神と言われていて、すべての罪を許して洗い流してくれると言われている。こんな女神ならば、確かにそれくらいは軽いだろう。罪どころか、罪人たちもその国も、丸ごと一瞬にしてかき消してしまいそうだけれど。
パンと手を打つほどの間に、すべてがかき消えてなくなってしまう。物語が終わって、すべては宇宙の粒子に戻っていく。そしてまたパンともう一つ手を打つ間に、新しいまっさらな宇宙が誕生する。
それは般若心経の世界をも思わせる。すべての現象は、本当は存在しないのだと。それは夢まぼろしにすぎないのだと。
それは確かにそうなのだろう。世界は私たちの意識が作り出しているのだから。あるもないも、すべては私たちの意識による。あると思っているから存在し続けているし、ないと思ったら実は存在していなかったことに気づく。そうしたものだからだ。
「真実を見る力よ」そう女神は言った。彼女が封じ込められてしまうと、人々は真実を見る力を失ってしまうのだそうだ。だから現実を自分の望むように作っていくことができなくなり、現実に支配されてしまうのだと。
真実を見る力。それがあれば、日本は救われるのだろうか? 確かにそうなのかもしれない。今、多くの人々は真実を見る力を失ってしまっている。作り出された幻に心を奪われて、国が滅びようとしていることにも気がついていないようだ。
真実を見る力。それはつまり宇宙とのつながりということなのだろう。私たち人間は本来、宇宙とのつながりを持ってすべてのことを知る力を持っている。それが宇宙意識というものであり、預言とか霊感とか言われるものだ。日本人は伝統的に繊細な感性を持っていて、自然のあらゆるところに予兆や意味を読み取る精神文化がある。この女神が封じ込められていなかった縄文の時代には、日本人ははるかにこうした感覚が研ぎ澄まされていたのだろう。そして、そこから多くのことを読み取って生きていたのだろう。
日本は西洋とは違う精神文化を持っている。それだからこそ、西洋と同じ論理を使って世界を変えていくことができない。それならば日本には、別な道があるはずなのだ。そしてそれは、西洋のあり方と対極でありつつ対になるようなものであり、両方があるからこそ新しくできてくる世界が完全になるというようなものなのだろう。
西洋が平等や人権の概念で横のつながりの世界を作っているのに対して、日本は一人一人の宇宙意識という縦のつながりを作るということになるのだろうか? 論理や概念ではなく、ダイレクトに宇宙意識から汲み取って真実を見る力?
それはあまりにとてつもなく、現実的でもないように思える。こんなことで、本当に日本は目覚めることができるのだろうか? はるか先の未来ではなくて?
すると女神は、無邪気に笑いながら、大きく手を広げてパン、とたたいてみせた。柏手? 祓いということなんだろうか? それだ。祓い。それは、邪念を取り払うこと、ネガティブなつながりから自分を解放することに他ならない。
彼女はあちこちへ飛んでいっては、パンパンと手をたたき続けている。人々が取り憑かれている幻をそうやって解いているようだ。それで人々は正気に返って真実の姿が見えるようになるようだ。
彼女は世界を新しく生み出すこともできるのだろう。パンと手をたたくほどの間に。日本はその力を使って新しくなっていくのだろうか? でも、どうやって……?
すると彼女はおかしそうに笑い出した。「あら、それがあなたたちがやっていることじゃないの!」
魔法? 彼女はそのことを言ってるんだろうか? 意識によって世界を変えること? 確かにそうかもしれない。意識を向け変えることによって、世界は一瞬にして変わっていく。たとえ三次元的な領域ですぐに変化が現れなかったとしても、その瞬間から確実に変わっていくのだ。
今、新しい世界を作るために、世界中で新しいネットワークが急速に生まれて成長している。私たちの世界を変える魔法セッションのネットワークも、その一つだったということなのかもしれない。日本の精神文化を持つ私たちだからこそ、こうしたネットワークになっていたのだ。これは、この女神の力、真実を見る力を失わずにいた日本人のネットワークだったとも言える。
魔法セッションに集まってくる人たちは、何故だか国外に住んでいる人が多いのだ。それで実に国際的なネットワークができあがっている。私たち、同調圧力が強い日本の社会が生きづらくなって、いつか日本を離れてしまった日本人たちなのだ。そうやって内なるこの女神の力を守り続けてきたということなのかもしれない。日本で暮らしている人たちも、どこか日本の社会にはまり切れないものを抱えて生きている人が多い。
今起きていることは、腐敗した政治や経済が壊れていって、お金に支配されない世界が生まれていくというだけのことではないのだ。一人一人が当たり前のように宇宙意識とつながって生きていく世界ができてこそ、本当に支配から解放された世界が生まれる。
それこそは、縄文が復活し、瀬織津が封じ込めを解かれることになった理由なのかもしれない。私たちはもうそこまで来ているのだ。新しい世界が生まれてくるときが。
宇宙の女神 製作2016年