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一杯のビールの向こう側

大学生の頃、焼肉屋さんでホールスタッフのアルバイトをしていた。ファミリー層向けの店舗で、特に土日は目が回るほどの忙しさだった。お値段はお高めだが、それに見合う美味しさだった。

そのお店では2つのサイズでビールを提供していた。中ジョッキサイズの生中と、グラスサイズのグラスビールの2種類だ。グラスの方が小さくお値段もそれに準じた価格だ。

詳細な時間は忘れてしまったが、夕方にハッピーアワータイムということで中ジョッキをグラスビールと同じ値段で提供していた。ハッピーアワーの時間帯にグラスビールを頼まれた場合は、中ジョッキに変えなくて良いか、一言確認をするルールになっていた。

その日もハッピーアワーの時間にグラスビールの注文を受けた。中ジョッキの確認もしたが、グラスビールで良いとのことなので注文を通した。

キッチンに戻ると、注文を見た先輩がグラスビールを作ってくれていた。中ジョッキの確認をとったかを聞かれ、グラスで良いそうだということを答えた記憶がある。

「なんで中ジョッキにしないんだろ?お得じゃん?」と先輩。ハッピーアワー中にグラスビールを頼む人はちょこちょこいた。ずっと気になっていたらしい。

「グラスの量で十分なんじゃないですかね?」と私は答えた。すると先輩はこういった。

「飲めなかったら残せばいいじゃん。」

この一言が私には衝撃だった。カルチャーショックというべく大きな驚きだった。私には「残す」という発想がなかったのだ。

先輩としては、もうちょっと飲みたくなるかもしれないし、どうせ同じ値段なんだし何もデメリットはないのだから頼んでおいた方が得じゃん、くらいの気持ちのようだった。

その時は「もったいないじゃないですか〜」くらいは返したような気がするが、議論などにはならずそれで終わったはずだ。

そこまでの人生で、「残すかもしれない」ということを前提に食事を頼んだことがなかった。消費者としてお金を払っているから、というような話以前に、「残す」ということへのネガティブな気持ちを持っていた。給食とは違って外食は好きなものを頼めるんだから無理やり苦手なものを食べなくても済む、くらいの考えだった。

この時の驚きは今だに覚えている。人生で初めて、「こんなに考え方が違う人っているんだ」と心の底から思った出来事なのだ。

今となっては、価値観の違いに触れてもあれほどに驚くことは無くなった。世の中には本当にいろいろな人がいる。今、自分と同じ環境にいたとしても、ここまでの人生の道のりは人それぞれ違う。一緒に生活していればそんな道のりの一面が見えることもあるだろう。

そんな一面を受け止めつつ、よく聞き、よく話すことで、さらに別な一面を見ることもできるかもしれないと思う。




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