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雷の刻印【全8話】 6.再会

「いい加減、仕事したらどうだい?」
 
いつも隣に停泊している船のおかみさんが新品の船の甲板で寝転がって空を見ている俺にあきれたように言う。
 
「やめとけやめとけ、こいつは『恋の病』ってやつにかかってるんだから」
 
今度はおかみさんの旦那が俺をからかうように言う。
 
「うるせい!放っておいてくれよ!」

 
事件から二か月が過ぎた。彼女のおやじさんから俺の大事な船が流されたお詫びだと、大きな船が届いた。

 手切れ金のつもりなのだろう。その巨大な船からは、これ以上娘に関わらないようにというおやじさんの強い意志が感じられた。

あっという間に俺は大きな船の船長になった。そしてあんなチンピラ海賊でも懸賞金がかかっていたらしい。俺は一晩でかなりの金持ちになった。

大きな船と、大金――

 以前の俺が目指していたものがあっさりと手に入った。

 昔の俺なら嬉しくて、その船を乗り回して遊びまわっていたはずだ。

 だけど俺はあれから何もする気が起きなかった。何をしても、どこにいても、浮かぶのはリザルの顔だった。

リザルはどうしているだろう……。

 俺のことはリザルにとってどんな記憶として残っているのだろうか……。

 あの「フェンチル」という魔法の薬は周りに感染するもので、この胸の苦しさの原因があの薬のせいだったらどんなにいいだろうと俺はぼんやり思った。

「はぁ……俺も解毒剤もらいたいよな」
 
深くため息をついたときに、隣のおかみさんが大声で俺を呼んだ。
 
「ドゥオ、あんたにお客さんだよっ!」
 
起き上がって船の外を見ると……リザルがいた。

夢ではないだろうか。あれほど会いたいと思っていたリザル。今日は執事のじいさんもいないリザルは一人立っていて、俺に気が付くとこちらに向かってあの時と同じように、礼儀正しくお辞儀をした。

俺は慌てて船を降りると、少し離れて彼女と向き合った。

「あのときはいろいろお世話になりました。」

俺に一礼したリザルは相変わらず凛としていて美しかった。瞳に秘めた意志の強さは相変わらずだ。しかし俺は彼女とちゃんと目を合わせることができなかった。

「礼ならあんたのおやじさんからもらっている。わざわざ挨拶なんかしに来なくてもよかったんだぜ」
苦し紛れに言う俺に、リザルはきっぱりとした口調で言った。

「違うんです。ここに私が来たのは……。もう一度あなたに質問しに来たんです」
 
「質問?」

彼女はゆっくりと頷いた。そして一つ息を吸ってから、思い切ったように話し出した。

「私は解毒剤を飲みました。高貴な魔法使いの方も、もう魔法はすっかり抜けたと言ってくれました。でもだめなんです。私はあの時のままなんです」
「え……?」

俺は意味がわからず彼女の顔を見た。リザルは俺の腕で、俺を見上げた時と同じようにたちまち頬を赤く染めた。

「どうしてもあなたのことを思い出してしまうんです。いつも話しかけてくれた優しい声や、泣いていると私が眠るまでずっと頭をなで続けてくれたあたたかい手……。私を命がけで守ってくれたこと……。あれから毎日、私はあなたのことを思わない日はありませんでした」

俺は次第に胸が苦しくなるのを感じた。おそるおそる、彼女の瞳を見つめた。ひさしぶりに見たリザルの瞳はあの時のように潤んでいて、まっすぐに俺だけをとらえている。

「高貴な魔法使いの方があちこち調べてくださって教えてくれました。たった一つだけ特殊な事例があるのだそうです。それは一目惚れされた相手があの薬を飲んだ者を心から愛してしまうこと。その時、呪いは消え去り、祝福に変わり、二人は本当の恋人になるのだと」

リザルは下を向いた。そして、顔を上げ、今度は薬の力ではなく、自分の言葉で俺に伝えてくれた。

「この気持は薬のせいじゃありません。私は今もあなたが好きです。それでもあなたを想う私の気持ちは、今もあなたにとって負担なだけなんでしょうか……」

話そうとしたが、言葉が出てこなかった。

 俺は言葉を失い、彼女の元に駆け寄った。

 そして、俺は確かめるように強く、強く彼女の身体を力いっぱい抱きしめた。

 彼女の体温を感じながら目を開けると、キラキラと光る空と海が目に入った。

(じいちゃん、俺は見つけたよ。俺は自分が命に代えても守りたい大切な、本当の宝石を)

腕のアザは、まるで祝福しているように次第に熱くなっていった……。

◇  ◇ ◇ ◇

それは、遠い、遠い昔のこと……

バリバリバリ……
 
彼女が呪文を唱えて、指を空へ向けると、大きな音と共に一直線にまばゆい稲妻が空を裂いた。
 
稲妻は軽く振動し、雲一面に放射状の模様を刻んだ。そしてほどなく……水不足だった村に静かに雨が降り始めた。
 
「これで、なんとか日照りも落ち着きそうね」
 
そういって一仕事終えた彼女は私に穏やかに笑いかけた。
 
彼女の満足そうな笑顔を見るのが、私の何よりの喜びだった。そして彼女の支えとなることが、私の誇りだった。

でもそんな日々はもうこない。
 
彼女があの男に出会ってしまったあの日。そこからすべての運命の歯車は狂い始めた……。

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