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小村雪岱を知っていますか

(※20210316参考文献を追記)

小村雪岱、という画家をご存じだろうか。

「ご存じだろうか」なんて高慢な書き出しをしてしまったが、不肖僕にしても、おそらく古本を蒐集していなかったら知らなかったであろう画家の一人である。

小村雪岱(本名:安並泰助)は、明治20年川越の生まれ。東京美術学校(いまの藝大美術学部)日本画科を出た日本画家である。縁あって、かねてより尊敬していた泉鏡花の本『日本橋』の装丁を手掛けたことを嚆矢として、多くの鏡花本とその他の作家の本を装丁することになる。そのほか資生堂意匠部のデザイナーとしての活躍や、舞台装置家としての側面も重要である。

と、いうような人物なので、本にある程度の関心を持っていないと、アンテナには引っかかりにくい人物と言えるかもしれない。


いま現在、都内では2つの雪岱展が催されている。
関係者の話によれば、これは狙ったものではなく、ナントカ宣言とかもろもろの事情で会期がずれこんで偶然に重なっただけとのこと。


1つ目は三井記念美術館小村雪岱スタイル」。

サブタイに「江戸の粋から東京モダンへ」とある通り、純日本的な日本画家であるはずの雪岱が、数々の装丁や資生堂意匠部での仕事などを通じて「モダン」を体現するに至る道筋をたどっていく、というような展覧会だった。

とりわけ肉筆モノが多くみられるのは面白くて、本職の日本画のみならず、手掛けた舞台装置原画や装丁の原案まであった。影響を受けたという鈴木春信と比較もでき、雪岱の仕事をざっくりと幅広く知ることができたと思う。


が、申し訳ないことに、僕こと古本コレクターにとっては2つめの展示の方が圧倒的に面白かった。

日比谷図書文化館の「複製芸術家 小村雪岱 ~装幀と挿絵に見る二つの精華~」だ。

ここでいう「複製芸術」というのは、日本画を始めとする一点モノの芸術に対する概念で、装丁や小説挿絵といった印刷物による芸術のことをさす。

で、展示されている雪岱装丁本や挿絵が載った文芸雑誌などの資料は、すべて監修者の真田幸治さんの個人コレクションなのだが、これがもう圧巻の一言に尽きる。

そもそも経験の浅い僕にとってみれば函を見たことがないような本も多く、また既に持っている本についてもかなりの美本が展示されている。逆に言うと、それくらいいいものをたくさん並べることによって雪岱の魅力を俯瞰的に見ていくことができるのだと思う。

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雑誌の量もすごい。

雑誌に掲載された小説じたいは、多くが単行本という、より後世に残りやすい形で再出版されるが、初出時に載っていた挿絵は単行本に収録されないケースの方が多い。従って、挿絵画家としての仕事を追いかけるためには、大正から雪岱が没する昭和15年あたりまでの雑誌の原本を蒐集しなくてはならないのだ。

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挿絵自体も美しいが、雑誌の紙面を大胆に活用したレイアウトも見事である。


実を言うと、監修者の真田さんは古本の世界の先輩で、いつもたいへんお世話になっている方だ。古書展ではいつも朝一に並んで、雑誌の山を丁寧に漁っていく姿を後ろから拝見しているからこそ、この畏るべき成果を目の当たりにして一層深いため息が漏れる。

館内は撮影自由で、配布される展示目録も極めて美しい仕上がりとなっている。本好きならば行かないテはないと言ってよいだろう。



で、改めて僕が小村雪岱の装丁本をどれくらい持っているのだろうと思い、書斎に点在する雪岱本をかき集めたが、そもそも函がないモノが多いし、やはり数が少なくてインパクトに欠ける。

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実家にあと10冊くらいはあると思うのだが、つくづく修業が足りない。

ちなみに僕が好きなのは泉鏡花『龍蜂集』の装丁で、表紙のかわいらしさや見返しの木版刷りを楽しむことができる一品である。

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美術や芸術のことはよくわからないけれども、こうやっていろいろ勉強するにつけ、古本はほんとうに面白いなぁと思う次第である。



※追記(20210316)

たかだかこの程度のことを書くだけでも、記憶のニブい僕はいろいろと文献を引っ張り出して参照しなくてはいけなかった。

もし雪岱に興味を持った方があったらお手に取っていただけると、いちファンとしては嬉しい限りである。


・『芸術新潮 特集:小村雪岱を知っていますか?』 2010年2月号、新潮社。

・真田幸治(2017)「「資生堂書体」とその源流としての「雪岱文字」――小村雪岱と資生堂意匠部」、『タイポグラフィ学会誌10』pp.11-71、タイポグラフィ学会。

・真田幸治編(2018)『小村雪岱随筆集』幻戯書房。

・同編(2018)『小村雪岱挿絵集』幻戯書房。

・広瀬麻美(2019)『小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンへ』浅野研究所。


哀しいかな、僕の貧弱な脳のキャパシティでは、こうした立派な参考文献が手元にあるのに、うまく消化することができないのだ。せめてこれらをより多くの人の目に留まるよう、ここに掲げることで、研究内容に報いたいと思う。

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