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雅な名たち(魚村晋太郎歌集『バックヤード』2)
前回、魚村の文体の特徴の一つは、雅な動植物名による読解速度の制御・歴史への接続であると書いた。
これは、現代都市の日常生活に馴染みない動物や植物の名前を敢えて歌の中で出すことで、読み手の読む速度を抑制するポイントを作り、その間に、読み手の中で歌の意味や映像を増幅させるという技法である。
例として、魚村晋太郎歌集『バックヤード』(2021年、書肆侃侃房)で僕が読めなかった動植物の名前の含まれる歌たちを折角なので共有する。これらは歌集中、ルビが振っていない。
眠つてゐるあひだにぜんぶをはるから(目をとぢて)空にいろづく榠樝 「目蓋」
榠樝(めいさ/かりん)。花梨のこと。p18。
後日譚、そのあかるさの陽に透けて未央柳の雄しべはひらく 「直訳」
未央柳(びようやなぎ)。低い黄色い花。p95。
永久歯はむろん永久の歯にあらず医院の角にゆれる底紅 「柑橘」
底紅(そこべに)。木槿(むくげ)の花の別名。花弁は白いが、花の底が紅色であることからこの名がある。p107。
戦場の夢を子は見ず刺虫は刺蛾の夢をみるのかどうか 「刺蛾」
刺虫(いらむし)。名古屋では「きんとき」と呼ばれる緑の毛虫。刺されると本当に痛い。刺蛾(いらが)。その成虫の萌黄色の毒蛾。p111。
恋人とかではないひとと火のなかにくづれる榾を視た日のほてり 「梯子」
榾(ほた)。木片のこと。p162。
これらの(僕にとっての)難読漢字をさらすことで、自分の教養不足を露呈する恥ずかしさはあるが、それよりもこの歌集が広く読まれてほしいという願いが優った次第である。
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