もっと速く! もっと、もっと速く!
ゲンは小学校に通っている燕の男の子です。
授業の後、クラスメイトたちとゲンは、息を合わせて飛ぶ練習を繰り返していました。
「行き過ぎだよ! もっと早くスピードを落とさないと!」
燕は速く飛ぶのは大得意です。でも息を合わせて飛ぶのは上手くありません。
燕の小学生たちが息を合わせて飛ぶ練習をしているのは、ケガをしてしまった燕を病院まで運ぶためです。
最近、人間がつくった「ドローン」が空をたくさん飛ぶようになったせいで、燕とドローンがぶつかる事故が起きるようになりました。燕の小学生たちは、毎日のように救助の練習に取り組んでいました。
●
放課後、ゲンはクラスメイトたちと別れ、自分の巣に向かっていました。
ドローンを飛ばす人間のことを、ゲンは不思議に思っていました。上級生がドローンとぶつかってケガをしているのをゲンは見たことがあります。肩が赤く腫れ、苦しそうな顔をしていました。燕たちがひどい目にあっていることを人間がどう感じているのか、ゲンは知りたいと思いました。
その時です。
遠くで何かが見えたかと思うと、あっという間にゲンに向かって飛んで来ます。ゲンはすぐに体を傾け、飛んできた物を避けることができました。物が飛んできた方角には原っぱが見え、動く影も見えました。近づいていくと、人間の男の子が工具箱を広げています。
ゲンはスーッと少年の近くまで飛んでいき、
「何してるの。」
と声をかけました。
男の子は顔を上げ、いきなり声をかけてきた燕を見つめています。
ゲンは驚かせてしまったかと焦りました。やがて口を開きました。
「僕、世界一速いドローンを作ろうとしているんだ。」
男の子の顔がまぶしく見えました。それはゲンがよく見ている顔と似ていました。
燕の子どもたちは小さな頃から速さを競い合っています。速く飛べる燕は、みんなの憧れです。
男の子の表情の輝きは、より速く飛ぶことに夢中になっているクラスメイトの燕たちと全く同じでした。
「今、君が飛ばしていたドローンとぶつかりそうになったよ。」
「本当にごめんなさい。」
少年の顔は悲しそうです。
「僕が世界一速いドローンを作りたいと思ったのは、お祖父ちゃんの話を聞いたからなんだ。人間は鳥に憧れて飛行機を作ったんだって。
たくさんの人たちが頑張ったおかげで、僕たちは飛行機が使える。そのために頑張った人たちのことを考えたら、ワクワクして自分でも何かやってみたいと思ったんだ。」
「それでドローンを飛ばしていたんだ」
少年は足元の工具箱に目を落としました。フタには「世界一速く!」と書かれています。
その周りの芝生は踏み固められ、長く伸びていませんでした。少年がこの場所によく来ていることが分かりました。
少年は工具箱のフタから顔を上げました。
「もう世界一速いドローンを作るのは辞める。燕さんたちにケガさせるのはイヤだ。」
ゲンは少年を見つめていました。
「あきらめないで。何とかする方法を思いついたから。」
●
「これが、いつも燕さんたちが見ている景色なんだ。」
少年は目を輝かせながら、地上の景色を眺めています。どんな建物も小さな点になっていました。
空の上で少年の体を支えていたのは、ゲンのクラスメイトの燕たちです。
空の上でお互いの距離を同じにし続けるのは、難しいことです。それでも繰り返し練習したおかげで、きれいな隊列を作れていました。
ゲンもそのうちの一羽となって、少年の体を支えています。
「この高さなら鳥は一羽も飛んでいない。思いっきりドローンを飛ばせるよ。」
燕たちの柔らかな羽の上に、少年が工具箱を広げ始めました。
「燕さんたちのおかげで世界一に向かってまた頑張れるようになった。絶対、世界一速いドローンを作ってみせるよ。」
少年がタブレットを取り出し画面を操作すると、ドローンのプロペラが回り始めます。
ドローンが飛び上がったかと思うと、遠くの山の方へ飛んで行き、あっという間に見えなくなりました。
了
(※他の小説投稿サイトに掲載した作品を、加筆・修正しています)