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140字小説10篇 #1
「夫のどこが好きなの?」佳奈の会話はいつもこうだ。行動には何にでも理由が必要だと考えている。自らの美しさが原因で男が寄ってくる経験を積み重ねてきた佳奈。感覚で男を選ぶきっかけを得られないまま歳を重ねてきたのだ。「どこが好きか気にしているうちは、結婚は無理そうね」優美な唇が歪んだ。
『愛は無条件』
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歴史とは夜型と朝型の闘争である。今こそ苦しみ続ける同胞を救う時。人類を進歩させる発見は夜に生まれる。だのに、社会は夜にただ寝ることを求める。愚かな。朝型は恐れている。夜型の能力が最大限発揮されるのを。支配が脅かされるのを。我らの能力が発揮される社会を作ろう。夜型人間よ、団結せよ!
『万国の夜型人間に告ぐ』
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「お前、変わっちまったな。気楽な場所だった頃のお前はどこ行っちまったんだよ。
なぁ、おい、聞いてんのか。何とか言ってくれよ、頼むからさぁ。お前に惚れたあの頃の俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。
思い出せよ! 『FF外から失礼します』なんて言わなくてよかった頃を! ツイッターさんよぉ」
『マブダチ』
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二人の愛の結晶との初対面。
全力で訴えかけた。人生の意義を。人として生きる喜びを。
最後に彼が告げる。
「喜びは保証されておらず、苦痛は必ず伴う。
お父さん、お母さん、人間の生は始めるに値しますか」
我が子になる予定だった存在は消失を選択した。
名付けようとしていた名は永遠に意味を失った。
『生前協議』
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俺は彼女を正面から見据える。
彼女は俺の言葉を待っていた。
「愛してるよ」
彼女が目を伏せる。
「やっぱり、ちょっと違う」
彼女の日本語に不自然さはなかった。
「ずっとドラマで観てただけだったから、本物の日本人の男の子に言ってほしいって思ってたの。無理言ってごめん。ありがとね」
『ネイティブに言ってほしかった』
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この手を血に染めてしまった。大好きな父に真っすぐに育ててもらったはずなのに。
他にどうしようもなかったんだ。君が売られようとしていたんだから。
君が人知れず花を散らすのだけは、耐えられない。
罪を犯した僕に誇れることがあるとしたら、迷いなく父の背に刃を突き立てたことだけだ。
『凶刃』
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「変わってるな」と思った。
テーマパークも美術館も旅行も一人で行けるのだから、行きたい時に行けばいい。
一人なら、急に行き先を変えたくなっても自分で変えられる。
連れの用事を待つ時間が積み重なっていくのも許容できない。
「変わってるな」と言われるのには、とっくのとうに慣れ切っている。
『変わった人』
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モールで買い物しただけなのに、やたら気が滅入る。
家族や友人や恋人に向けられる笑顔を私は横から眺めるだけ。
店員たちのよそ行きの笑顔だけが、正面から私に向けられる。
最後に私が正面から笑いかけられたのがいつか、全く思い出せなかった。
『笑顔を向ける先』
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「被告人が就寝中のA氏の顔面に、自身の前足を何度も打ちつける暴行をはたらいた点については、事実として認めます。しかしながら、被告人はA氏との主従関係に対し長年、不満を抱いています。A氏が被告人との間で対等な関係を築いていく意向を示さなければ、和解の成立は難しいでしょう」
『和解の条件』
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「『腕振り』が歩いているとこ、気味悪くない?」
「それは解釈一致だね。まあ、近くは安全だしあまり言ってやるなよ」
「それでもムカつくよ。連中、自分たちのことを『知性ある者』って呼んでるんだぜ」
「僕らは平和の象徴らしい。メリットがあるから、襲わないだけなんだけどね」
『解釈一致』
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了