終結・野党共闘―総選挙に向け、共産党は立憲への全面攻撃に転じる


 

はじめに


 
 今月末までには自民党総裁選、立憲民主党代表選の投開票が行われ、与野党第一党の新たな代表が選出されることになる。統一教会、裏金問題に端を発する自民党の構造的危機は、対抗する野党勢力に対する国民の潜在的期待を高め、総裁選、代表選の帰趨によっては数十年ぶりの政権交代が起こりうる状況下に今はある。自民党の大失墜という未曽有の事態は、しかしながら全野党の結束を強めるどころか、特定の野党間の決裂を決定的なものにする方向に向かっている。この間日本共産党は立憲民主党代表選を批判し、小選挙区での刺客擁立を急速にすすめている。これに対して立憲民主党内には、「候補者調整に向けた取引のためだろう」という声があるらしいが、これは間違いである。共産党の方針にはもはや「市民と野党の共闘」の文字はない。共闘を破棄し、立憲民主党を主要敵に設定することで比例票を稼ぐ方針に転じたからだ。
 

1、共産党選対局の敗北


 
 9月18日、日本共産党常任幹部会は、「総選挙勝利を正面に据えた活動に切り替えることを心から訴えます」という声明を発表した(1)。この声明は一見すると総選挙向けのいつもの内容に思える。ただつぶさに読むと矛盾したことが書かれている。例えば以下の一節である。
 
「いま、強く訴えたいのは、全有権者を対象にした総選挙勝利のための宣伝・組織活動を飛躍させることに総力をあげながら、その根本的土台となる党員と「赤旗」読者の拡大をすすめる――総選挙勝利を正面にすえた党活動に、全党が一気にきりかえることです」
 
 この節における「きりかえる」とは、何を何にきりかえているのだろうか。常識的に考えれば、日常的な党勢拡大から総選挙モードに「きりかえる」ということだ。ところがこの文章では総選挙活動の土台に党勢拡大を据えろ、とされている。つまり総選挙中であってもあくまで「主」は党勢拡大で、総選挙は「従」とされているのだ。かつての共産党の方針は、支持者を広げなければならない選挙活動と、支持者を固めなければならない党勢拡大は同時並行にはできないというものだった。ところが2020年の第28回党大会以後、党勢拡大を担う党建設局委員会の影響力が強まり、選挙・自治体委員会(選挙対策局)との均衡が崩れていった。その証左となるのが、2023年の統一地方選挙に先立つ1月14日に発表された、選挙対策局長である中井作太郎書記次長の「自己批判」である(2)。この論文の冒頭にはこうある。

「「地方選勝利が前面の総会だと思っていた」「『130%の党』づくりが今年最大の任務という提起に驚いた」――第7回中央委員会総会決定の熱く率直な討議と実践がはじまりました」

 これは、この中井論文が発表される10日前に開催された第七回中央委員会総会決議において、当然来るべき統一地方選挙に全力を尽くす方針が発表されると思いきや、130%の党勢拡大が前面に押し出されたことに対する困惑と批判が数多くの党員からあがったということである。そして中井はこう続ける。
 
「幹部会では、討論のなかで、選挙戦と党勢拡大を同列に扱うべきではないかという趣旨の意見も出されました。それに対して、今年の三つの大仕事のうち、今年の最大の仕事は「130%の党」づくりであり、三つは決して並列で提起したものではないこと、かりに党建設と選挙活動を並列でとらえるなら、選挙が近づくにつれ党勢拡大は横に置かれることになり、それでは選挙に勝てないし、党の未来も開けないと、厳しく批判されました。結語で指摘された問題は、党本部の選対局にもあった問題だったことを率直にのべておきたいと思います」
 
 共産党最強の地盤を有する京都の府委員長を務めた中井作太郎は、昨今の流行りの言葉でいえば「選挙の神様」であり、地方選挙では綿密な区割りで最大限の議席を確保するその手法はマスコミでも評価されていた。そんな中井が屈服を強いられ、党建設委員会を率いる若林義春、そして人事局を仕切る93歳の浜野忠夫らの軍門に下った瞬間である。そして案の定、共産党は春の統一地方選挙では、前半戦の道府県議選と政令市議選でそれぞれ22議席減、後半戦の市区町村議選でも91議席を減らすという歴史的大敗を喫した。ところが敗北総括は一切なされないままに、総選挙を迎えようとしていることが、9月18日の常任幹部会声明で明らかになったのである。

(1)https://www.jcp.or.jp/akahata/aik24/2024-09-18/2024091801_01_0.html
(2)https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2023-01-14/2023011408_01_0.html

 2.消えた「市民と野党の共闘」


 
 9月18日常任幹部会声明のもう一つの特徴は、「市民と野党の共闘」あるいは「野党共闘」の文字が一切みあたらないことである。2021年末の総選挙にむけて行われた2021年9月9日の第3回中央委員会では、「市民と野党の共闘をどう成功させるか」という項目がわざわざ設けられていた。次期総選挙に向けた中央委員会総会は9月30日に開催されるが、その骨格を決めるこの常任幹部会声明で「市民と野党の共闘」に一切の言及がないのはなぜか。その背景には、共闘による「広がり」よりも、党建設による「固め」を重視する党内上層部のさらなる影響力の拡大がある。これは野党共闘を一手に担ってきた小池晃書記局長の権限がほぼ一切失われたということでもある。そしてこの共産党の野党共闘の放棄は、立憲民主党の代表選とともにはじまった。
 
 8月24日、立憲民主党代表選への立候補にあたって、枝野幸男は「国民民主党や共産党など他党との選挙協力を念頭に「立憲が何をしたい政党なのか伝わりにくい面があった」と指摘。個別の選挙区や地域ごとに自民に勝てる他党との連携の形を模索し、党本部がバックアップする形式を提唱」した。政党本部間レベルではない、地域レベルでの共闘についての提案は、枝野が一方的に言い出したものでは必ずしもない。共産党内部でも小池晃書記局長らがその方向性を模索していたといわれているからだ。ところが小池晃は、この枝野の提唱を記者会見で一蹴し、党本部レベルでの合意なき野党共闘はあり得ないと宣告した。さらに小池は「安保法制の廃止は野党共闘の1丁目1番地。この原点を否定するのであれば共闘の基盤が失われる」と主張した(3)。
 この小池発言が犬笛になったのか、共産党支持者や市民連合関係者から、立憲民主党は安保法制廃止の一致点を放棄した、との批判があがった。ところがその後の討論会では枝野も、保守系の候補者である野田佳彦も「安保法制は違憲と考えている」と答えたのである。安保法制が違憲であるという一致点は変わっていないことが確認されたわけだが、ところがところが、小池晃は記者に問われて「野党共闘の原点は安保法制廃止だ。廃止しないとか、すぐには廃止しないということになると共闘の基盤が壊れてしまう」と言い出したのである。
 もちろん立憲代表選の候補者たちも、安全保障政策の連続性を理由とするか(野田)、閣議決定をやりなおすことにより整理するか(枝野)と、違いがあるものの即自廃止には否定的である。だが2021年総選挙の野党間の合意文書にあたる「市民連合と立憲野党の政策合意にあたっての声明」をみても、「安保法制…の法律の違憲部分を廃止」とあるだけで、小池晃のいうような「即時」という合意はない(4)。 
 つまりこの間共産党は、地域レベルの共闘を否定し、これまでの合意にはなかった安保法制の「即時」廃止を唱えることで、共闘のハードルを立憲代表選に立候補しているどの候補も飲めないレベルにまで引き上げているのだ。これはまるで、野党共闘を破壊したのは立憲民主党側であるという印象付けをするための備えにみえる。ではなぜそのような備えが必要なのか?9月30日の中央委員会総会をもって、立憲民主党が共闘を破棄し、安保法制を容認したという「裏切り」キャンペーンを開始し、総選挙では「革命政党」として独自の闘いをすすめるためである。立憲、社民、れいわ等に分散している左派票をそれでかき集め、比例票を積み上げることに専念するというのがその戦略と思われる。まさに「支持を広げる」のではなく「支持を固める」ために野党共闘を放棄するのである。
 この数日間のうちにも、共産党は千葉では全選挙区に、埼玉でも次々と立憲候補に対する刺客を擁立している。これが東京の中央線沿線の世田谷、目黒、杉並、中野、そして練馬の立憲現職に対する刺客擁立にまで及ぶかはまだわからないが、立憲サイドからすれば「共産党は党首間で、安保法制即自廃止の共通公約を結ばなければ候補者調整には応じられない」という土台のめない要求を突き付けられたことになる。
 
(3)https://note.com/chigaya1971/n/n1f891f50d794
(4)https://shiminrengo.com/archives/4336

 

総選挙における共産党の主敵は、自民党ではなく立憲民主党である。


 
 中央委員会総会は9月30日に設定されている。立憲民主党の代表は9月23日に決まるが、自民党総裁が決まるのは9月27日である。今回の自民党総裁選は誰が決まるかがわからない混戦であり、小泉の場合には新自由主義、高市の場合は右派ナショナリズムと、自民党がどのような路線で総裁選に挑むかも決まるまではわからない。そのわずか3日後に中央委員会総会を開くのは、日程上の都合もあるだろうが、自民党の総裁に誰がなるかよりも、立憲民主党の代表に誰がなり、それに対して何を打ち出すかに重点が置かれた総会になるということだ。この中央委員会総会では総選挙よりも党勢拡大が重点課題として押し出される一方、「立憲民主党の裏切り」が強調されるだろう。かくして、一致点の協働により幅広い市民とつながることで自民党政治に対抗しようとした「市民と野党の共闘」はここに終結するのである。
 

そして共産党は


 
 9月30日に開催される中央委員会総会の内容については、もちろん筆者の推測に過ぎない。だが方向性については間違ってはいないだろう。いずれにしろこのような中央委員会総会の決定に対して、喚起し奮起する共産党員はごく少数だろう。野党共闘が壊れることでこの10年足らずの間につくりあげてきた党派を超えた関係が壊れてしまう事への不安、まともに選挙にとりくまず、教条的な党勢拡大を押し付ける事への怒り、呆れ...。党員、支持者の願いを踏みにじってでも「党建設」に走ったうえで、では総選挙は共産党に何をもたらすのだろうか。
 第一に、小選挙区での得票の激減が明らかになる。参院山形では、2013年参院選に共産党候補は33000票を獲得しているが、2022年参院選では19000票である。参院滋賀では2013年は86000だが、2022年は59000である。いったん統一候補にした地域では、十年で三分の二程度に得票が目減りしている。この目減りはさらに加速し、来る総選挙では10年前の半分以下の水準しか得票できないだろう。東京・京都などの得票率の高い地域はともかく、地方ではむしろ共産党が独自候補を擁立した方が、違いが鮮明になり保守層の票が獲得できる。つまり多数の選挙区では、共産党が候補者を擁立した方が、とりわけ来る総選挙のように保守層や自民党支持層に食い込むことに重点が置かれるにおいては、多くの立憲候補にとってメリットの方が大きい。
 第二に、供託金没収の激増である。共産党はすでに2000年代半ばから全選挙区擁立を断念している。理由は財政難である。それから20年近くが経ち、小選挙区得票率は大きくさがり、潜在的没収選挙区は激増している。今のペースで候補者を擁立するなら、供託金没収額は億単位にのぼり、財政危機に直結するだろう。とりわけ地方の県委員会、地区委員会は破産寸前のところが多い。すでに進行している財政破綻のペースが加速するだろう。
 第三に、総選挙での大敗である。近年共産党が総選挙で議席を伸ばしたのは1996年。2014年である。いずれも社会党、民主党が大敗し、共産党が失望した有権者の受け皿になったからだ。今回もまた、「三匹目のどじょう」を狙っているのだろうが、そのあてははずれるだろう。そもそも共産党の組織衰退により受ける皿が割れてしまっていることもある。だがより大きいのは、野党共闘を破棄することで議席と得票を伸ばすのは立憲民主党だからである。現在の政局は1996年、2014年のような野党分極化状況ではなく、2000年代の民主党伸長期に近い。立憲代表選において野田佳彦が党員、支持者、世論いずれにおいてもリードしているのはこうした情勢が背景にあるからだ。したがって今の共産党は2000年代の下落期に近い状態にある。しかも党勢は当時の半分以下で高齢化している。比例得票は300万票台を守れるかどうかだろう。
 そして総選挙で大敗したあとには、何らの展望も残されていない。敗北をうけて党員、民主団体、支持者の遠心力が働けば働くほど、党本部はますます統制を強めていくことになる。この悪循環から共産党が主体的に脱却できる展望はいまのところない。
 野党共闘は終結する。だが、数多くの志のある人々が集った野党共闘の原点は、党派性ではなく「自民党政治を変える」ことにあった。そして今、保守、リベラルを問わない国民が、裏金問題で制度劣化した自民党政治を変えることを望んでいる。原点に回帰し、民衆の願いに則るならば、政治変革の大義が「どちら」にあるのかははっきりしているであろう。

 

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