イスタンブールに学ぶ 歴史・ストーリーを商品価格に転嫁する方法
先日、トルコが誇る観光都市・イスタンブールに訪問した。
これまでに様々なところへ旅してきたが、これが初中東旅である。
イスタンブールを旅先として選んだきっかけは、世界的にどの通貨に対しても円安が進む中、トルコの通貨リラはさらなるペースでリラ安が進行していると聞きつけたからだ。
今や円安によりどの国に行っても割高感がある。さらにはどの国も物価上昇が激しい。
こうした中で、少しでも割安感を求めて選んだのがトルコ・イスタンブールだったわけである。
もちろん、初めての渡航先に期待で胸を躍らせていた気持ちも少なからずあった。
確かにリラ安は物凄い勢いで進んでいる。だがしかし、観光都市イスタンブール。そんなに甘くは無かった。
リラ安がこれほどまでに加速度的に進んでいるせいだと思うが、物価は非常に高く、特に主要産業であろう観光産業、つまり観光客に対する物価はびっくりするほど高い。
日本人からしたら、感覚としてはヨーロッパ(ロンドンやパリ)を旅するのとそんなに変わらないと思う。
むしろ、観光地の入場料に至っては、世界で一番割高なのではないかとすら感じたほどだ。
(これからトルコ旅行を検討するミナサマ、まったく安くないので本当に要注意。)
参考に、イスタンブールで主要な観光地と、私が訪問した時の入場料(円換算)を挙げると、以下のとおりだ。
トプカプ宮殿の7,000円。日本人からしてみたら衝撃的な価格なのではないだろうか。
ルーヴル美術館やベルサイユ宮殿をも凌ぐ価格設定である。ディズニーランドやUSJのようなテーマパークへ行くような感覚といって過言ではない。
日本の清水寺や国立博物館の入場料がいかに良心的な価格設定かを改めて感じる。
しかも、ネット情報によるとアヤソフィアは2023年まで入場料無料だったそうだし、トプカプ宮殿も2023年時点では入場料900リラだったらしい。
ただ、この物価上昇幅にトルコ経済の不安定さを感じるのは事実であるが、失われた30年を経て「安さこそが正義」という価値観の中で育った昭和平成世代は一方で「やろうと思えば、これだけ値上げすることができる」ということにカルチャーショックを感じたのもまた事実である。
さらに言えば、トルコの値上げの仕方は、今後人口減少が進み、観光業へのシフトを進めて行かざるを得ない日本においても参考にできる要素があるのではないかとすら思えた。
観光都市・イスタンブールの値上げの仕方が上手いのは、イスタンブールの特殊性、この都市だけが持つストーリーを価値として認識し、それを価格に転嫁している点にある。
このことを、アヤソフィアを例に出して備忘録的に残しておきたい。
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イスタンブール(コンスタンティノーブル)は、かつて東ローマ帝国が支配しており、当時はキリスト教が宗教の中心となっていたが、オスマン帝国の成立により、キリスト教教会をイスラム教のモスクに転換したという、世界的にもかなり珍しい歴史を持つ土地だ。
また、二大宗教であるキリスト教、イスラム教、いずれにも縁が深いということで、世界の多くの人にとって観光の目的地となり得る場所であり、親近感と同時に新鮮さをも感じさせる唯一無二の都市なのではないだろうか。
その象徴のひとつが、東ローマ帝国時代はキリスト教教会として建築されたが、オスマン帝国によるコンスタンティノーブルの陥落以降、イスラム教モスクとして使用されてきたアヤソフィアである。
モスクでありながら、内部にはイエスキリストやマリアのモザイク画が残されるなど、イスタンブールの多層的な歴史を感じさせる施設であり、この都市に訪れる観光客の最大の目的地のひとつであろう。
現在、アヤソフィアはモスクとして使用されつつも観光客は限定されたエリアのみ見学が可能となっている。
観光客が見学できるのは主に2階部分であり、ここには前述のキリストのモザイク画等、モスクとして使用されるアヤソフィアに残されたキリスト教の名残を見ることができる。つまり、アヤソフィアの唯一無二性を体感できるエリアなのである。
一方で、1階部分の礼拝堂はイスラム教徒(ムスリム)にのみ開放しており、残念なら観光客は立ち入ることができない。ムスリムは無料で入場し礼拝することができるようである。
こうしたアヤソフィアの供用方法も紆余曲折があり、博物館として供用されていた時代、モスクに位置づけ直し宗教施設として無料で立ち入りを許可していた時代があったが、オーバーツーリズムを受けて、現在の観光客向けのエリアとムスリム向けエリアというゾーン分けに落ち着いたそうである。
アヤソフィアのチケット売り場に行くと、実は単体の入場券の前に、博物館とのセットの入場券を進められる。
記憶がやや曖昧だが、確かセットで一人50ユーロと高額なので全くオススメしないのだが、入場料に関する知識がアップデートできていなかった我ら一行は、博物館とのセット券を買ってしまったのだ。
だが、この博物館こそがアヤソフィアの入場料を無料から4,000円へと一気に価格上昇できた鍵でもあると感じた。
アヤソフィアの見学とセットになっているのは、Hagia Sophia History and Eerience Museum(アヤソフィア歴史体験博物館)のチケットなのだが、ここはイスタンブールとアヤソフィアがいかに数奇な歴史を辿ってきたのかを解説する博物館なのである。
それも所蔵品を展示する従来型の博物館ではなく、展示室にはそれぞれ高性能のプロジェクターが設置され、コンスタンティノーブル時代からアヤソフィアの歴史を映像で説明してくれるという丁寧さ。来場者にはもれなく音声ガイドが貸与される。音声ガイドは日本語もあるので安心だ。
ガイド片手に博物館のそれぞれの部屋を回り、まるでミニシアターさながらの迫力ある映像を見ながら歴史を体験していく。
さながらミステリーツアーのような様相で、一回のツアー人数が制限されるため、入場するのにも待ち時間が少しばかり発生する。
この博物館を見学すると、イスタンブールやアヤソフィアに関する知識が無い人であっても、この施設がどのような歴史を経ており、いかに珍しいものなのかが理解できる。
つまり、この博物館はアヤソフィアの持つ価値を観光客へプレゼンテーションするための施設なのである。
ここで特出すべきことは、こうしたプレゼンテーションにトルコが投資をしていることだ。
それぞれの部屋のデザインにあわせた映像制作は、この博物館の設計と映像制作を同時並行で行ってきたことが見て取れる。
パナソニックのプロジェクターで壁に投影される映像はいずれも高解像度であり、高性能の機器を使用していることが察せられる。
さらには、日本の存在感が国際的に低下しているこのご時世においてもなお日本語まで対応している音声ガイド。
これらは全て、アヤソフィアの価値を伝えるための投資と言えるだろう。
アヤソフィアとイスタンブールの特殊性の理解を促すことは、これらの価値への理解と、高価格な入場料設定への納得感を作るものだからだ。
我々一行はアヤソフィアを見学したのちに歴史体験博物館を訪れたのだが、間違いなくこの博物館を訪れてからアヤソフィアを見学した方が体験価値が向上するはずだ。
イスタンブールは世界史においても重要な拠点であると思うが、こうしたこの都市にしかない歴史や背景を付加価値として捉えたうえで、それを価格転嫁することが物凄く上手い。
価格転嫁するために、観光客に対して歴史や背景を観光客自身が楽しめる形でプレゼンする。
そのプレゼンには最新鋭の技術を使い「体験」という形で提供し、決して押しつけがましくなく、そこにも価値を作る。
この価値創出の循環は、日本も学ぶものがあると感じた。
なお、入場料7,000円超えのトプカプ宮殿にしてもこの発想は同様である。
トプカプ宮殿では音声ガイドの費用がチケット代に組み込まれており、追加料金なく借りることができる。こちらも言語設定が多く、日本語ももちろんある。
音声ガイドを使いながら内部をくまなく回ると、半日ほど時間がかかる(我々一行はほとんど休憩なく回り5時間程度かかっている。)。
単に歴史的な遺構を見るだけでは、事前の知識の有無によっては「ふーん」で終わってしまう。
しかし、母語で説明されれば理解度が段違いであり、解説を聞くと今目の前にある宝物、あるいは建物、この場所の持つ歴史やストーリーが理解できる。
世界史の知識がほとんど無かった私ですら「なんだか凄い場所なんだな」といったざっくりとした感想を抱いたほどだし、世界史が好きな人からしたら格別の時間なのではないだろうか。
そうした「歴史的・文化的価値があるもののの体験」にそれ相応の価格を設定する。
それ相応の価格だからこそ、その理由をしっかりとプレゼンテーションする。
そのプレゼンテーションすら価値提供し、楽しませるなど、価値に見合った価格を設定する。だからこそ、プレゼンに投資ができる。
観光都市・イスタンブールの「攻めのインバウンド対策」
「安いこそが正義」で価値をうまく価格転嫁できない日本だからこそ、この姿勢は何かヒントになるのではないだろうか。