質的研究について考えてみた
週末は「医療の質・安全学会学術集会」でした。
大学院に在籍していることもあり、関係性の高い学会で、教員もたくさん参加されていました。
友人の発表は、数字という説得力のあるものでご自身の仮説を丁寧に解き明かしていて、素晴らしいものでした。
で、ふと、自分のおこなっている質的研究は、このように人にわかってもらえるものなのだろうかと振り返りました。
急に自信がなくなってくるんです。この後に及んで。
そう、「数字」は万国共通で説得力がある。
さんまさんの出ている「ほんまでっかTV」でも、さまざまな実験によって優劣の出た結果により、聞いている側の理解を求めている。
そして、中野信子さんがある美容家がゲストの時、彼女の定説に対して
「おおむね、実践されている中で、おっしゃっていることは多分正しいのだと認識しているが、私たち科学者は化学や実験で裏打ちされたものでないと、意見としてはっきりと伝えられる立場にない」というようなことをおっしゃっていました。
まあそうだよなあ、ととても理解できました。
で、振り返ると自分の研究はどういうものか。
半構造化インタビューから「 」を示す特徴を調べるものです。
これは説得力が本当にあるのだろうか、とこの忙しい時期に、
やまだようこ 著作集 第4巻「質的モデル生成法 質的研究の理論と方法」を手にとってしまった。
帯には「質的心理学は、ものの見方と方法論の革命である」と語っている。
そうだよね、やっぱり数字はわかりやすいよね。でも、このようにも述べてくれています。
これらにより、少し自分の研究に再度向き合える気がしてきました。
私って単純。
そして、質的研究も、
以前の心理学の研究のように、
研究者による外界からの操作(独立変数)により、引き出される研究対象社のアウトプット(従属変数)を調査することによって、行動や反応をデータとして表す、ということが中心であった時代から、「相互作用・共同生成モデル」の質的研究位変わってきている。
インタビューという一方的に外から見る参与観察から、対話によって相互にたいていに入りながら見る、という方法に変わってきており、相手と協働しながら
研究する、という形への変化である。
そのような作業によって繰り返される対話は、相手の心の中を「客観的に」でもなく「主観的に」でもなく、ナガティブで語られる行為の「意味」は人々の相互作用の過程で生じるものと考えられる。
私はその「意味」を探求しているのだと、少し気持ちを
立て直せた