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へりくだることの大切さ

〝多くの者が教師になってはならない。〟

聖書にあるみことば。

教師にはとても耳が痛い。 

けれども、謙ることの大切さを

教えてくれる最高の諭しであると

私は思う。

陶器師である主よ」

という讃美歌のフレーズが、

子どもの頃から好きだった。

幼少の私には

〝陶器師〟がどんな職業であるか

分からなかったが、

なんだか響きがカッコいいと思っていた。

美術の教師になって、

初めて陶芸の指導に携わった時、

どうして聖書が神を陶器師に例えるかが

なんとなくわかった。

神の手である土の器の中に

私たちの命は創造され、

日々成長していく。

〝成長させてくださるのは神〟

土の器と成長と命。

生徒たちの土の器に息吹がかかり、 

皆さまざまなな形に変容していく。

1人ひとりの形に 色に

賜り物が備えられている。

教師。

「そのような者にはなれません。」

と私は何度神に問うただろう。

〝あなたが私を選んだのではなく、
わたしがあなたを選んだ。〟


任命されている間、

私は謙り、打ち砕かれていよう。

時々、神からくるものでなければ、

自分の表現すべて無価値に思える。

人の肉や思考のみでは

なんだか虚しい。

そのような時に

神が近くにおられる。

そんな感覚で生きてみる。

    米光 智恵

画 米光智恵


私の兄弟たち。多くの者が教師になってはいけません。ご承知のように、私たち教師は、格別きびしいさばきを受けるのです。 (ヤコブ3:1)

私の好きなゴスペル 『陶器師、主よ』
松浦ゆりさんの歌声

https://youtu.be/CcZaMTskrsc

※この証はモルモン教、統一教会とはいっさい関係がありません。

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