言葉の囲い込み漁
「俺のことすき?」
私はこの類の会話が苦手だ。というのもこの質問の答えは「うん、すきだよ」の1つしかないからだ。「そんなにすきじゃない」「普通」「嫌い」なんて思っていたとして返せる人間がいるんだろうか。少なくとも私は返せない側の人間だ。
こうした同調を求めるような、もう答えが1つしかないような話し方を、私は「言葉の囲い込み漁」と言っている。
例としてわかりやすいから恋人間での話を出したが、恋人間だけじゃなくても家族や友達、会社でも言葉の囲い込み漁によく遭遇する。「これすごく美味しいよね?」「この考え方はありえないよね?」など。
とはいえ最初の例にだした恋人間での話だが、私は恋人のことが嫌いなわけではない、むしろ好きだ。それでもこうした話し方が苦手なのだ。
それはそこに私の気持ちを無視して、答え方を制限されているという意識が強くはたらくからだろう。たとえ自分が同じ考えを持っていても、私をコントロールしようという動きが心をぎゅうぎゅう締めつける。
ああ、なんてめんどくさい、ひねくれた人間なんだろう。心持ちを改めることも難しいので、苦しさを抱えながらも今日も同調する。