大学生自転車日本一周旅を振り返って④:きれいな景色について
以前自転車で日本一周をした時の振り返りシリーズ。第四回目は「きれいな景色」について考えたことや感じたことを書いていく。
この日本に範囲を絞ってみても、いたるところに観光名所はあるし、有名な景色も一県に一つ以上はあるだろう。実際にこの旅でも45府県を回って、あくまでその一部ではあるが様々な景色を楽しませてもらった。それは誰もが知っているようなところもあれば、たまたま通った場所もある。日本は自然が豊かだからこそ、どの地域に言ってみても新たな発見があって楽しめるし、違う季節に旅をしていたなら全く異なる景色を目にすることができる。
そう、この国はきれいな景色で溢れている。
と言い切ってしまいたいところではあるが、そもそも「きれいな景色」とは何なのだろう。それこそ、この旅でたくさんのきれいな景色であろうものを見てきたけど、その中でも印象に強く残っているものや、あまり心に刺さってこなかったものもある。その印象の強弱を決定しているものは何なのだろうか。この旅を振り返ったときにスッと思い出せる景色とそうではない景色との違いは何なのだろうか。
四国に突入し、二日目の行程を進めていた。四国に入るまでは50%ぐらいの確率で雨に打たれていて、なかなか天気に恵まれずに景色を楽しむどころではなかった。だが、日本の中でも自然を楽しめそうな四国に入っていきなり快晴がやってきた。この日はパンク修理から始まったからスタートが遅かったものの、まだ太陽が元気なうちに海沿いを走り、そのまま今度は山がちな道も走っていけた。その時の景色はとにかく光り輝いていた。雲がほとんどない空模様を反射させて青々と透き通っている海の水面、山の方に入って行けば木々の映して緑に輝く川の水面。登りが過酷を極めていくと、360度すべてが山の木々に囲まれ、海の残り香すら感じられないほどになった。山を抜けると今度は市街地に突入した。陽はもう落ち切ろうとしていた。夜ご飯を食べ、この日は野宿をする予定だったために寝床予定地までの移動を始めた。いわゆる田舎であり、道の近辺にあまり家や店は見当たらず、車通りも少なかった。寝床予定地までは山がちな道を通らざるを得ず、登り坂を残っり少なくなった体力を振り絞って漕いでいた。登り坂は角度の問題で視線がやや斜め上に向く。その時ふと目に入ってきた、満点の星空。言葉にならない感情が胸の中を埋め尽くした。すごく報われたように感じた。ここまでの3週間は本当にしんどかったから。何度も雨に打たれ、二度怪我をし、何度もパンク自転車も交換、天気が芳しくないせいでほとんど景色を楽しめず、毎日当たり前のように襲ってくる登り坂に辟易し、体は出発してから3日間ほどで満身創痍の状態となり、楽しさよりも苦しさのほうが圧倒的に勝っていた。だからこそ、この日の天気、海と陸の景色、食事、そして最後にこの満天の星空で締めることが出来る喜びは大きかった。本当にきれいな星空だった。快晴だったことと、人気が無い分あたりが暗かったおかげで非常に鮮明な星空が視界の先に広がっていた。まるで、自然のプラネタリウム。立ち止まってゆっくり眺めては写真を撮った。それも何度も。この時は二度と来ないような気がしていたから。かみしめるように、もうこれ以上間でも味がしないというところに至ることのできるように、漕ぐペースも落としてずっと楽しんでいた。
この星空は、偶然の産物でしかなかった。まず、この星空がこの日に広がってくれたこと。次に、ちょうどこの日にこの地点を通ったこと。パンクしていなかったり、もっと遡れば東北や北陸で一日でも短縮していたなら見ることはできていなかった。他にも、この日は途中でホテルに宿泊する予定では無く、野宿をしようとしていたからこそ星が輝く夜遅くまで自転車を漕ぎ続けていた。きれいと言われている景色も充分良かったが、星空と言うダークホースの参戦だった。
また、四国と聞いて思い浮かべるイメージに星空は入らないと思うが、それを四国で見ることが出来たことそれ自体も個人的には偶然である。その点はいわゆる観光名所とは一線を画している。特に海に関しては見たいと思っていたし期待もしていたが、星空に関しては全く予期していなかった。だが、今回の旅を振り返って最も見ることが出来て良かった景色を問われれば、間違いなくこの星空は第一候補に挙がる(ほかにもたくさんいい景色を見ることが出来たから一位と断言出来ないけど)。
翌日、愛媛県の南西地点を出発して高知市を目指した。高知県に入ってからは、比較的海沿いを走ることが多かった。高知県から見る海は、愛媛県から見る海とは景観を異にしていて、太平洋と瀬戸内海の違いのせいなのかはわからなかったが、この日も天気に恵まれたこともあって非常にきれいな景色が広がっていた。最初はその景色に見とれていたし、アップダウンの激しい道が続いていたこともあってよいリラックスとなっていた。だが、途中からあまりに似たような景色の流れが続くもんだから飽きてしまって、決してきれいではなくなったわけでは無いが、見とれることもなければ写真を撮ったりすることもなかった。高知県の景色は、自転車四国一周のサイトでも高評価だった。期待感も高かった。だが、身体・精神状態の問題でどうしてもその景色を堪能することが出来なかった。
この二日間を通して、きれいな景色とは何なのかについて、少し結論が出た。それは、その景色と自分との間に物語があるか、ということ。例えば、愛媛県で見た陸空海の景色は、それまでの恵まれなかった旅路や天気の分もこの景色を楽しもうという気持ちに乗っかっている。満腹状態よりも空腹状態のほうがご飯がおいしく感じられるのと同じ要領だと思う。もし、ただ愛媛県の景色を見たいと思って車を走らせちょうどこの日に旅行をしていたとしても、あまり印象に残ってはいなかったと思う。海や川、星空をただ眺めるだけの一日になっていた。必死に苦労し、やっとの思いで四国地方に突入し、パンクを繰り返しつつもなんとかこの日を迎え、そして、その景色がある。自然のプラネタリウムは、天からのプレゼントとしか思えなかった。
また、そこにストーリーは無くても、自分のではないストーリーに入り込めるのであればそれもきれいな景色に変わると思う。例えば、歴史のある建造物、神社や仏閣、戦争関連の施設など、決して簡単には自分とのストーリーは作れない。だが、当時の人の気持ちになってみたり、当時の状況をイメージしたり、またはそこに刻まれた言葉の意味や意図をかみ砕こうとしたりすることで、その景色は初めて意味を持ってくると思う。それこそ、広島県に行ったときに、原爆ドームや平和記念公園を訪れたのだが、やはり戦争を経験していないので当時の人々の叫びや願いに共感や共鳴をすることが出来ない。当時の建物が残っているだけと言ってしまえばそれまで。だが、そこに書かれた言葉や生き残った人たちの願い、それらを介することで初めて原爆ドームや平和記念公園にある鐘や石碑との接点を持つことが出来る。そうして初めてこの景色について語ることが出来る。間違っても「平和の大切さを感じた」とか「戦争はしてはいけないと思った」といったような薄くそれっぽい感想に終始してしまってはならない。ただ昔の建築物を眺めただけになってしまうのはどうかと思う。
自分とのストーリーがあるか、またはそこにあるストーリーに入り込むことが出来るか。これがきれいな景色となる条件なのであれば、世の中にきれいな景色とされているものがあってはならないし、誰もがきれいだと思う景色が自分にとってベストののものであるとは限らないと言える。
この世にきれいな景色なんてものはない。その景色をきれいだとみる自分がいるだけ。結局重要なのは、その景色がどのような状態であるかよりも、その景色をどういう状態で眺めるかだと思う。そこにストーリーがあって初めてその景色が強く印象に残るようになる。僕は昔から景色を目的とした旅行には気乗りがしなかったのだが、その理由がやっとわかってきたような気がする。そこには何一つと言っていいほどストーリーが無かったが、有名である以上その景色はきれいなはずだと錯覚しようと努め、だがそんな自分を客観的に見てしまって醒めていたのだろう。虚しさがそこにはあった。だから、今でも強く印象に残っている景色はそう多くない。一方で、きれいと言えるかは分からないものの、濃いストーリーが絡んでいる景色はいまだにはっきりと思い出せる。
観光名所に行ったとき、その景色が自分の心に稲妻を走らせなかったとしてっも、その景色はきれいだと思い込もうとしていないか。自分の本心に蓋をして、「きれいであるべき」という常識を押し付けてしまっていないか。実はきれいな景色は想像の外にあるのかもしれない。まさかこれがというようなありふれた景色や見慣れているはずの景色だって、決して観光名所にはならないしほかの人が評価をしないかもしれないけど、自分にとってはきれいな景色になる素質を持っている。家の庭、いつもの通勤・通学路の景色、公園での景色。これらの見方を一度替えてみる。いつもは無意識に通り過ぎて行ってしまうような景色をたまにはじっくりと見つめてみる。きれいと言われているものが、決してきれいだとは限らないし、きれいと言われていないからと言って、きれいでないとは限らない。まずは、景色を眺める姿勢から。何でもないような景色や出来事に感動する。美しいものはそこらじゅうに転がっている。観光名所にしかないわけでは無い。
旅の魅力の一つは、ここにあるのかもしれない。自然豊かな国とは言えど、観光名所までの道のりは観光名所ではないし、ありふれた景色やほかの地域とは変わりのないような景色のほうが大半を占めている。旅では目的地が決まっていない分その景色をゆっくり・じっくりと感じることが出来る。そして、旅をしていると様々な経験が出来るからこそ、その景色との間にストーリーが生まれやすい。まさか自転車日本一周を通して最も印象に残る景色が星空になるとは、出発までは思いもしなかった。
偶然の出会いに感謝して。偶然とも向き合って。ありふれた景色が一番きれいで何が悪い。目の前の景色を見つめるところから。