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【006:六箱 紫苑】2章『コッペリアの葛藤』14話

前の話

――雑記――
昨日はお休み頂きましてすみませんでした!
昨日よりはましでとりあえず画面見られるのでじりじりと書いております。
夫と子供が回復するまでは「あれ?インフルなのに私結構動けるじゃん。余裕じゃね?」とか思ってたんですけどね。やつらが元気になった途端死にました。ただの「私が倒れると全員死ぬ」っていう危機感から動いてただけみたいです。私すごい←
みなさんも是非インフルエンザにはお気を付けください。普通にしんどいです。
―――――

2章14話


昨日は、あまりよく眠れなかった。

紫苑くんが遅い時間に部屋へ入ってきたのも知っていたのだけれど、寝たふりをして背中を向けたまま寝た。彼は特に疑ったわけでもない様子だった。

「寝てる?」と起こす気もないような囁き声で尋ねながら布団に入って来て、優しく背中から抱きしめ「おやすみ」と空気に溶けてしまいそうな小さな声で呟いて、すぐに寝入ってしまった。

ほんのりと冷たく感じた彼の体がじわじわと私の体温と混じっていく心地よさと、緩く巻き付いた彼の長い腕が、どうしようもなく不安定な私の心を揺さぶって、ぽろぽろと涙が溢れた。

もう何で泣いてるのかもよく分からなくて、でも別に、しゃくりあげる程でもなくて、だから私は、しばらくそのまま、涙を流れるままにして、そして浅い眠りの狭間をうつらうつら彷徨ったのだった。

朝、いつも通りの5時にスマートウォッチの振動で目を覚ます。

あまり眠った気はしなかったけれど、家事はしなければならない。これは私の仕事なのだ。

のそのそと起き出して、ずん、と重たい頭をどうにか軽くしようとこめかみのあたりを揉み解しながら階下へと降りる。

今日やる事とか、食事の献立なんかを考えながら、それでも頭の半分くらいはずっと昨日見た女性のSNSの写真が浮かんでいる。

死ぬほど非生産的だ。

そうと分かっていて、今すぐソファに陣取ってSNSを確認したい。

あれからまた連絡があったりはしないのか確認したい。

でも、連絡がなかったらなかったで、紫苑くんと連絡とってるかもしれないって事じゃない・・・?それも嫌だ。

・・・嗚呼本当にもうやだ。くそったれだ。今この思考回路に陥っている自分が心底嫌いだ。

今動きを止めたら動けなくなりそうで、とりあえず、薪ストーブに火を入れる。瞑想でもするような、心を落ち着けるための行為だった。

無事に着火し、徐々に薪へと燃え広がっていく橙色の炎を眺めて、少し気分が落ち着く。火を眺めて心が落ち着くとかヤバイ人種だろうか・・・。いやでも、焚火で落ち着く人っていっぱいいるみたいだしそれはそれか。

一旦。

まずは一旦自分を甘やかそう。

そうだ。ホットココアを飲もう。あとなんかフルーツ食べよう。

ちょっとリセットしよう。寝不足なのに朝からちゃんと動いてる時点で、もう満点でしょう。そうに違いない。はず。だからまず甘やかそう。しんどすぎるから。

のろのろとキッチンへ向かい、ココアを取り出すために棚を開けたところで、マシュマロを見つけた。ああ、スモアとかしちゃう?しちゃおう。多分今はそう言う手間かかったわりに一瞬で消える奴が必要だ。

片手鍋に牛乳を入れて薪ストーブの上に置いて、土間の端へ寄せている折りたたみテーブルと椅子をストーブの前にセットした。それからキッチンへ戻り、クラッカーとチョコレートを袋のまま、マシュマロと竹串も容器ごと持ってストーブの前に戻る。
座ろうと思ったところでココアの準備を忘れたことに気付いて、もう一度キッチンへ戻って、ココアの粉だけを入れたマグカップも持って戻る。

紫苑くんに内緒でこんなに豪華な朝を過ごすなんて、なんて罪な奴だろう。でも仕方がない。紫苑くんが悪い。変な女の影をちらつかせるんだから。お酒を飲んじゃいたい気分だ。

竹串にマシュマロを指してストーブの上に翳してあぶる。近づけすぎると手が熱いし、遠すぎてもそれはそれで全くマシュマロが焼けないしでなかなか難しい。
なのでもう、理想的な焦げ目ではなかったけれど、うっすらと茶色くなった気がする程度のところであきらめて、クラッカーにチョコレートと一緒に挟んで竹串を抜き、そのままぱくりと頬張った。

「・・・・・」

美味しい。

確かに。

美味しいけど、ゲロ甘だ。

間違いなく言えるのは、朝イチで食べるものじゃないという事だろう。

テーブルに置いた後は牛乳を入れるだけのココアが入ったマグカップを見る。この甘みに侵略された口にココアは地獄でしかない。間違いない。今必要なのはコーヒーだ。

私はもうひとつマグカップを出して、そちらにインスタントコーヒーを入れると、またストーブの前に戻って来た。

あっちのココアは申し訳ないけれど、しれっと紫苑くんの朝ご飯の時に出そう。甘い分には文句は言われないだろうし。

温まった牛乳をマグカップに注いで、出来上がったカフェオレを飲む。

ふぅ・・・と大きなため息が出た。

嗚呼これが欲しかったかも。こっちだけでよかった気がする。でも今カフェオレが美味しいのは多分、あのゲロ甘なスモアのお陰なんだよな。多分、ナッツ入れたり、チョコレートをビターなのに変えたら普通に美味しいんだろう。今度ちゃんと美味しいのを作ってみたい。

「あー・・・下らない」

もう一度大きくため息をつく。

本当にくだらない。

こうやって、美味しいカフェオレを飲んで、大好きな人と一緒に暮らして、穏やかな生活ができるというそれだけの事に満足して生きろよ。

何を求めてるのほんと・・・。面倒くさいにも程がある。こんなにも満ち足りた日々の中で、たかだかSNSにコメントが付いたというそれだけの事で、なんでこんなにも心を乱されなくちゃいけないんだ。

本当に、心底、どうしようもなく、あり得ないくらいに、下らない。

私は紫苑くんが好きで、紫苑くんも私が好きで。そして私たちは、誰に憚る事もない関係で。だから、何にも問題ない。

そう、分かっているのに――――・・・。

「分かってんだけどなぁ・・・」

分かっていてなお、消化できない感情が、またひと粒、ぽろりと零れてカフェオレに混じった。


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極楽ちどり
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